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第二百十三話 北の荷置き棚

翌朝、フィオナは工事印の写しを机に十二枚並べた。ペペが手を洗って来たかを確かめ、透明な薄紙を渡す。


「似ているのは三つ。角が欠けているのは、これだけ」


 印の輪郭は四角く、中央を一本の縦線が通る。右上の角が不自然に切れていた。工事簿には、石切場の北の荷置き棚で使った印とある。古い木版の角を欠いたまま押し続けたらしい。修理票に残る半分の印を重ねると、縦線の太さと欠けの位置が合った。


「予備片は、山から出す品だったのか」


 尽が言うと、フィオナは薄紙をずらした。荷置き棚の印は、そこに品が集められたことを示す。作った場所までは書いていない。東路三番への発送日も、修理票にはない。


 ナディアは石切場の地図を持って来た。風井内縁の扉は北の下段にある。荷置き棚は、それより一段高い平場の端だ。昔は切り出した石を並べ、谷へ下ろすそりに積み替えていたという。南壁の落石から離れているが、使われなくなって長い。石工が足場を見てから入ることになった。


 尽は出発前に指輪を触った。冷たい。セレーネは保存棚に測温板を残し、学院で連絡を受ける。風晶の箱は持ち出さない。ペペは代わりに短い縄を二本、工具袋の外へ結び付けた。


「長いのは?」


「リゼッタが持ってる。俺が崖へ寄ったら、これで引っ張るんだって」


「自分で下がればいいでしょう」


 リゼッタは言ったが、縄は返さなかった。


   *


 北の棚には雨が残していった筋があった。古いそり道は草に隠れ、車輪の跡などない。石工が棒で地面を叩くと、平場の中央は硬く返り、端だけ鈍い音がした。全員を中央へ集め、端には赤い紐を張る。


 荷置き棚そのものは、背の低い石の台だった。上に載っていた木屋根はなく、柱の穴だけが四つ残る。ペペは印を探して台の側面を一周し、東の角で苔の下に同じ四角を見つけた。縦線があり、右上だけ欠けている。


「本当にここだ」


 彼の声でユーノが地図を畳んだ。台の裏には浅いくぼみがあり、蓋石が一枚、半分ほど土に埋まっていた。上に木箱を置いていたなら、雨を避けるための置き場だったのかもしれない。石工は蓋の縁を調べ、根が入り込んでいない側だけを少し起こした。中へ手を入れる前に鏡を差す。


 鏡には木箱が二つ映った。一つは蓋が腐り、空に見える。もう一つは小さな銅の留め具で閉じていた。尽たちは赤い紐の内側で待ち、石工とナディアが底の状態を確かめる。くぼみは浅く、背後の岩にも割れはない。箱を外へ出す役を石工が引き受けた。


 石工は細い板を箱の下へ滑らせた。横から風を当てて土を払おうとした尽へ、首を振る。乾いた土と一緒に荷札まで飛ぶかもしれない。尽は手を下ろし、代わりに布の端を持った。箱が少し動くと、くぼみの奥から小さな甲虫が出て、ペペの靴へ登った。


「荷物の番人だ」


 ユーノが言う。ペペは足を振らず、甲虫が自分で石台へ移るまで妙に真剣な顔で待った。リゼッタは笑いを隠しきれず、布の反対側を強く握り直した。


「何十年も待ってた荷物って、急ぎ便にはならないな」


 ペペが言い、石工に睨まれて口を結んだ。箱は布に載せられ、台の中央まで運ばれた。側面に貼った薄い荷札はほとんど剥がれているが、〈東路三番〉の四字だけは読める。留め具を挟んで、修理票と同じ番号が刻まれていた。


 ナディアはその場で箱を開けなかった。中身が分からない以上、湿った棚で蓋をこじれば壊すかもしれない。ユーノは番号と外側の寸法を記し、箱を二重の布で包む。石切場の下段を通らず、来た尾根へ戻った。風井内縁の石は、離れた所から見た限り、前日の位置を保っていた。


   *


 学院の保存室で、担当者が留め具の錆を落とした。ペペは戸の隙間からのぞこうとして、セレーネに肩を押される。作業台の周りに五人以上立つと灯が隠れるのだ。彼は不満そうに廊下へ出たが、尽のために席を一つ空けていた。


 蓋の内側には、発送前に確かめる品目が墨で書かれていた。〈測風標、予備片一〉。保存担当が薄紙を一枚ずつ外す。中から出たのは、青い風晶ではなく、細い銅軸に付いた銀色の羽根だった。羽根の根元には透明な小板がはまり、目盛りを読みやすくする線が刻まれている。東路三番で風の向きを示す標の交換部品らしい。


「晶石の予備じゃなかった」


 ペペが廊下から声を出す。リゼッタが扉を少し開けて、「今なら入れる」と言った。彼は遠慮なく一歩入り、今度は手を後ろで組んで羽根を見た。


 箱の底には発送票も残っていた。行き先は東路三番。受取人の欄は空白で、引き渡しを示す印もない。ここで足止めされた理由は書かれていなかった。修理票の〈未着〉と箱の番号は一致する。予備片が荷置き棚に置かれたまま、風の標まで届かなかったことは確かだ。


「使えるかしら」


 セレーネが聞く。保存担当は羽根を回さず、銅軸の付け根を拡大鏡で見た。形は保たれているが、長く湿気を吸った箱の中で、軸の一部に緑青が出ている。洗ってすぐ東路へ取り付けられる状態ではない。そもそも石段は閉じたままだ。


 ナディアは修理票の横へ発送票を置いた。予備片の行方は埋まった。風見塔の端片とは別の品で、風井を塞ぐための道具でもない。尽は銀の羽根がわずかな空気でも動きそうな薄さを見ていた。先日の雷では紙と草を頼りに三か所を見張ったが、東路三番には本来これを使う標があった。


「直せるなら、離れた所から読めるようにしたい」


 リュオが言う。ユーノは羽根の寸法を写し、今の見張り台から標が見えるか、翌朝確かめることにした。ペペは箱の古い札を受け取り、廊下で待っていた間に思いついた言葉を小声で尽へ言った。


「荷物が遅れるにも、限度ってあるよな」


 尽が笑うと、保存担当が二人を見た。ペペは札をそっと作業台へ戻した。

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