↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
207/219

第二百七話 風井の縁

西の逃がし口から張った測り紐は、台座の真下を通らなかった。石工が管の傾きを写し、ユーノが東の石段の穴から延ばした線と重ねる。二本は広場の北側で交わった。そこには太い杉と、腰ほどの高さの苔むした岩があった。


「木の下を掘るのはなしだぞ」


 リュオが先に言う。根は斜面を押さえている。先日、西の格子を直したばかりで、また別の所を崩しては困る。ナディアも頷き、掘る道具を下ろさせた。石工は岩の表面だけを木槌で軽く叩く。


 鈍い音の中に、一箇所、空の壺を打ったような音が混じった。ペペが数えた場所は二つずれたが、リゼッタが地面に置いた目印の石は正しい位置にある。ペペは不服そうに木槌を受け取り、目印から数え直した。


「俺の方も空だった」


「そっちは根の間。穴とは限らない」


 岩の北側へ回ると、苔の下にまっすぐな継ぎ目があった。自然の割れ目なら杉の根に合わせて曲がりそうなのに、継ぎ目は角で折れ、四角い蓋を作っている。上には古い留め金が一つ残り、外側から掛けられる形だった。ナディアは鏡を先に差し込み、蓋を開ける順を石工と決めた。


 皆が離れてから、石工は蓋の一辺を指ほど持ち上げた。湿った冷気が草を寝かせる。灯を入れると、石壁のすぐ下で管が三方へ別れていた。西の逃がし口へ続く太い管、東の石段へ細く上がる管。もう一本は、台座の下へ向かっている。


「これで、二段目までつながった」


 ユーノが鏡板へ位置を取る。それまで線の間に残っていた空白が埋まった。欠けた母材の下にあった銅の道とは別の、石の道だ。西の格子を少し開けた翌日に東の風が弱まった理由も、同じ分かれ目を通っているなら説明がつく。


 石工は鏡を下へ振った。三本の管のさらに奥で、壁が途切れている。人の手で積んだ石が終わり、その先は黒い岩肌だった。灯を少し下げても底へ届かない。水の音がするかとペペが耳を寄せたが、聞こえるのは一定の低い風音だけだ。


「井戸みたい」


 セレーネが言う。蓋の裏には、苔を避けるように小さな文字が刻まれていた。彼女は鏡を借り、逆さに見える線を紙へ写す。〈風井、外縁点検〉。石管の分かれ目に付けられた名前らしい。


 尽は胸元を押さえた。朝、広場へ入った時は冷たかった指輪が、岩の近くでは温かい。ナディアへ告げ、蓋から数歩離れる。冷えた気がする。もう一度近づくと熱が戻った。肌に擦れる紐の位置は変えていない。


 リゼッタが指輪を借り、白い布の上へ載せた。尽の手から離しても温かさが残る。保存担当が持って来た普通の金属輪も、同じ布の別の角へ置く。風を受けてそちらは冷たいままだった。ユーノは二つの位置と時刻を写し、指輪の温かさを皆の手で確かめた欄に記した。


「下から来る風で温まるなら、もう一つの輪も温まるはずだね」


 ペペが言う。保存担当は頷く。ただ、材質が違えば熱の伝わり方も変わる。指輪が何に応じたか、まだ決められない。それでも尽の気のせいだけではなかった。リゼッタが布ごと彼へ返すと、彼は首紐へ通すまで指先で輪を転がした。


 ナディアは蓋を閉める前に、石壁の継ぎ目を確かめた。蓋の内側から奥へ、細い擦り跡が一本延びている。古い点検具を出し入れした跡かもしれない。上から見下ろすだけでは、線の先は読めなかった。


   *


 昼前、広場の外で小さな昼食を取った。ペペの包みには干し果物が三つしかなく、四人で分けると言い出してから自分で困った顔をする。ユーノは「私は要らない」と言って試験票を畳んだが、リゼッタが果物を半分に切り、三つを六切れにして配った。ペペは一番小さい切れを選ぼうとして、結局どれも同じくらいだと笑った。


 尽は食べながら井戸の図を見た。風晶片は学院にある。輪の青い光も、陽の影が弧へ届くまで出ない。それより早い朝に、井戸の縁で指輪が温まった。底の見えない空間から上がる風と、指輪の反応が同じ場所に寄っている。


「この下へ降りれば、分かるかな」


 口にしてから、自分で蓋の狭さを思い出す。石工は干し果物の種を紙へ包み、首を振った。内側の積み石は縁で終わる。足場を組むにも、底までの深さと壁の強さを先に測らなければならない。


 ユーノは細い紐の先へ小さな灯を結んだ。蓋を開け直す前に、ナディアが西の格子の支えを見に行かせる。異常がないと伝声が来てから、灯だけを縦穴へ下ろした。紐には一尺ごとに結び目がある。三つ、五つ、八つ。十の結び目を越えても、灯は岩に触れない。


 ペペが紐を送り、ユーノが鏡で下を追う。十五の結び目で灯の火が横へ流れた。縦穴の壁に、もう一つ暗い隙間が口を開けている。そこから風が入って来るのか、逆に出て行くのか。灯だけでは分からない。二十の結び目まで下ろしたところで、石工が止めた。火が細くなり、紐が岩に擦れ始めたからだ。


「底じゃない。横穴を見つけただけだ」


 皆で灯を引き上げる。先端に水は付いていない。ユーノは十五の結び目の位置に印を付け、横穴の向きを板へ描いた。入口から見れば北東。地上の東路とは向きが近いが、同じ高さにはない。リュオは現在の森道に、その方向へ下りる道がないことを確かめた。


 ユーノは灯の笠に細い白糸を結び、十五の結び目まで下ろし直した。鏡には、糸が横穴の側から縦穴の中央へなびく様子が映る。尽が二歩退いても向きは変わらず、森守が蓋の外で扇いでも届かない。横穴から風井へ空気が入り、三本の石管へ上がっている。地上の台座や鐘に風を送り込まなくても、下から流れが続いた。


 陽の影が台座の弧へ届く前に蓋を閉じた。古い留め金には手を加えず、外側へ新しい目印を立てる。尽の指輪は岩から離れるにつれて冷えた。ユーノが紙に二つの時刻を書き、セレーネは横穴の位置をもう一度見上げた。そこにあるのは、木々の間の細い空だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。