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第百九十七話 水漏れの夜と西棟の鍵

王宮の聴取室で、カルヴォスは来訪帳の写しを伏せたまま読んだ。署名は自分のものだと認める。監査官が木箱の器具番号を読み上げても、顔を上げなかった。


「学院へは何をしに行った」


「針の所在を確かめに」


「トビアスは見せなかった」


「ええ。だから所在は確かめられなかった」


 監査官は鍛冶場の図を横に置いた。左へ曲がった先端と、柄元の押さえ傷。カルヴォスは図へ手を伸ばしかけ、膝の上へ戻した。


「谷の網に入れた黒針を、どこで手に入れた」


 しばらく返事がない。窓の外を荷馬車が通り、石畳で車輪が一度跳ねた。カルヴォスはその音が遠ざかってから答えた。


「学院の修理係から買いました。西棟で水漏れがあった、翌月です」


 監査官の筆が止まる。あの水漏れでは、備品室の予備鍵が修理係へ一晩渡っていた。彼は濡れた壁際の品を三つ動かし、一つの木箱を乾燥室へ運んだ。そこから第七灯の試験に使った保護材の瓶が見つかっている。


「修理係の名は」


 カルヴォスが告げた名は、鍵の貸出票にある署名と同じだった。監査官はその場で記録官に綴りを確認させる。


「針は布に巻いてありました。先が左へ曲がっていた。学院の器具だと聞いたので、試験簿に載る番号を知りたかった。持っている針の番号を確かめるために、トビアスを訪ねたんです」


「学院の物だと知って買ったのか」


「はい」


 カルヴォスは額を押さえた。修理係から受け取った日付は覚えているが、代金の受領書はないという。学院を訪ねた日の十二日後、北谷測量班の名で六号箱と保護材を出させた。水車小屋でハルムへ箱を渡す時、黒針も手渡したと話す。


「谷で測った値は、誰が読んだ」


「ハルムです。あの糸の端を、水車小屋に置いた。最初の揺れを書いた紙を後で受け取った」


 監査官は渡した日と受け取った日を別々に尋ねた。カルヴォスの帳面には数値が残るが、ハルムの測定紙はまだ見つかっていない。谷で角獣が網に触れた時に誰が水車小屋にいたかも、彼の供述だけでは決められなかった。


「第七灯では、保護材を塗っても黒針に近づけた間の灯が消えなかった。それで森へ持って行ったのか」


「生きた角獣に触れた時、どれだけ返りが鈍るか見たかった」


 カルヴォスは低い声で言った。監査官は、森での捕獲を許した者がいなかったことも、彼の答えの下に記した。


 夕方、ソラヴェイン魔法学院へ聴取の要点が届いた。尽は修理係の名を読んで、乾燥室の棚を思い出す。瓶が見つかった時、あの人は梯子を壁へ立て、濡れた箱を運んだ話をしていた。


「あの晩、針箱も廊下へ出したのかな」


 ペペが言う。エウリスは当時の作業帳を開いた。管の交換しか書かれていない。動かした三つの品については、修理係の記憶に頼るしかなかった。


 ナディアはカルヴォスの供述を畳んだ。修理係が針を売ったという話は、まだ本人に突きつけていない。尽たちは宿舎へ戻る前に西棟へ寄り、修理係の作業場を訪ねた。入口の梯子置き場は空で、奥から鉄を切る音が聞こえる。


 エウリスが戸を叩く。音が止み、修理係が扉を開けた。彼の腰には、錆びた留め具の束と、小さな鍵が下がっていた。


   *


 修理係は、ナディアが持つ紙を見て扉を大きく開けた。中には切りかけの鉄管が一本、台から斜めに突き出している。彼は火を落とし、腰の鍵を外して卓に置いた。


「カルヴォスが、あなたから黒針を買ったと話しています」


 エウリスが言う。修理係はすぐには答えず、鉄管の切り口を布で覆った。ペペが木箱の図を出すと、ようやく椅子へ座る。


「あの箱も、廊下へ出しました」


 水漏れの夜、濡れた壁際の棚から動かした三つの中に、黒針の細長い箱があった。前の聴取では、乾燥室へ運んだ瓶の箱の話だけをした。針箱は翌朝、器具庫の棚へ戻したという。


「戻した時、中は?」


 修理係は卓の鍵を指で寄せた。


「空でした」


 窓の外で荷車が石を踏んだ。尽は、その音が止むまで修理係を見ていた。


 修理係は、濡れた紙が剥がれかけていると思って封を切った、と最初は話した。ナディアが封紙の図を見せると、言い直す。箱は濡れていなかった。扉近くの棚へ移した時、曲がった針が入っていると札で知った。夜のうちに開けて取り出し、工具袋へ隠した。翌朝、切った封紙の裏へ糊をつけて戻した。


「どうして」


 リゼッタの声は低かった。


「金が要った。小さい物なら数を数えられないと思った」


 棚卸しでは実際、箱が一つと数えられた。先月もそうだった。修理係は苦い顔で頷く。数えたのは自分ではないが、偽の在庫を作ったのは自分だと言った。


 ひと月ほど後、王宮の備品修理で顔を知っていたカルヴォスに、古い黒針を持っていると話した。相手は曲がった先を確かめ、銀貨三枚を置いていった。受領書は作っていない。研究会の器具だったと告げたか尋ねられ、修理係は「学院から出したと話した」と答えた。


「瓶の木箱を乾燥室へ運んだのは、針を隠すためですか」


 ユーノが聞く。


「底が濡れていたんです。あれは本当に乾かすつもりで置いた。忘れていたのも本当です」


 修理係は二つの箱を取り違えたことはないと言い、工具袋に残った物も見せた。針はない。赤い錆粉と、短い釘が数本。ナディアは袋を勝手に探らず、彼が出したものをエウリスに見届けさせた。カルヴォスの供述と重なるのは、売買と針の曲がり、それに時期だ。代金の出所は、王宮で確かめることになる。


 エウリスは学院の衛士を呼んだ。修理係は作業場から出ず、王宮の監査官が着くまで待つことに同意した。腰の鍵は本人の前で封じられた。尽は水漏れの時に渡された予備鍵を思い出す。あの晩、瓶は乾燥室へ運ばれ、針は修理係の工具袋に入った。


 宿舎へ戻ると、セレーネが卓に通行証を並べていた。一往復の帰路欄は、まだ空白のままだ。監査官からは、四人の聴取を終えたという知らせが届いている。残る照合は精霊国の保管庫にある谷の針と、水車小屋でハルムが読んだという測定紙だ。


「向こうへ帰って、現物を見よう」


 尽が言う。ナディアは頷いた。押収品は森守の封印の下にあり、旅の鞄へ入れて運ぶことはできない。四人が戻れば、工房の図を保管担当の前で広げられる。


 翌朝の馬車を頼むと、ペペは工具袋の口をきつく結んだ。修理係の袋と同じ形だったので、少し顔をしかめる。リゼッタが「中身を数えて」と言うと、彼は机へねじと留め具を一つずつ並べ始めた。途中で小太鼓のばちが出てきて、尽が笑った。

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