↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
194/219

第百九十四話 空の針箱

床の鎖痕は薄い板の下に隠れていた。尽は板の端を見ただけで、あの日どこにペペの足があり、ユーノがどの向きに鏡板を掲げたか思い出した。


「ここで止めてください」


 監査官が言い、記録官に扉の位置を描かせた。ナディアは出入口に立ち、セレーネは尽たちの後ろへ回る。立会いの場所を決めるだけで、部屋は急に狭くなった。


 レオハルトが入ってきたのは、そのあとだった。以前と同じ外套を着ている。尽は鞄の口から手を離した。王子の視線が壁の金具に止まり、すぐに彼らへ移る。


「私が先に鎖を放った」


 記録官が筆を上げるより早く、王子が言った。


「一度目は彼の手を狙った。跳ねた鎖が灯を砕いた。二度目の網で扉と窓を塞いだ」


 ペペは床の板を指した。机を蹴ったのはこの位置からで、王子へ向けたのではない。ユーノも鏡板を掲げた高さを示す。尽は最後に、王子の足元へ風を送った場所を告げた。


「転ばせたのは僕です。けれど、逃げ道がなくなっていた」


「そのとおりだ」


 レオハルトは短く答えた。尽は次の言葉を待ったが、王子は記録官が図へ印をつけるのを見ていた。訂正した供述と現場の位置が合う。監査官はそれを確認し、二人に署名を求めた。どちらの署名も、相手を許したという意味ではなかった。


 次にエウリスが、第七灯の破片を入れた保全箱と試験簿を卓へ載せた。鏡板の内縁には、清掃の手が届かなかった白い筋が残っている。術式保護材の反応は既に調べられていた。乾燥室から回収された瓶は風見塔に残っていた三本のうちの一本で、森の資材庫から六号箱とともに出た一本とは番号が違う。


「瓶を同じものとして扱わないでください」


 セレーネが言うと、記録官は図の端に二つの番号を別々に書いた。ナディアが谷の箱の目録を添える。三つの空瓶のうち保護材の反応が出たのは一本だけで、その反応から元の瓶の番号までは分からない。


 ユーノは試験簿をめくった。保護材を塗った鏡板へ黒針を近づけ、灯の明るさを測った日付がある。


「この時に使った針は?」


「試験後、器具庫へ返却。そう書いてある」


 エウリスは返却欄を指で押さえた。針の器具番号もある。監査官はその場で器具庫の担当者を呼んだ。待つ間、レオハルトは破片の箱から離れずにいた。尽は窓の外を見た。あの日、網の向こうに見えたのと同じ中庭で、学生が二人、遅刻を争うように走っている。


 担当者が持ってきた細長い木箱には、古い封紙が貼られていた。番号は試験簿と一致する。保管札には、先月の棚卸しでも「在庫一」と記されている。


「開けます」


 監査官が封紙の端を確かめてから、担当者に蓋を上げさせた。


 針を留める溝だけが、木の底に残っていた。灰色の埃が溝の形を避けて積もっている。ペペが身を乗り出し、ナディアが先に腕を出して止めた。


「いつから空なの」


 リゼッタの問いに、担当者は棚卸しでは封紙と箱の数を見ただけだと答えた。箱を開けた最後の記録は、第七灯の試験の日付になっている。封紙には切り貼りの跡があったが、いつ付け直されたかは分からない。


「谷の針と同じだとは、まだ言えませんね」


 ユーノが言った。ナディアは頷く。谷で押収した針は精霊国の保管下にあり、長さと削り方の記録は持参している。だが、木箱の溝だけで同一の針と決めることはできない。


 監査官は箱を閉じさせず、封紙と溝をその場で描かせた。王宮へ戻れば、カルヴォスにこの器具番号を示して聞ける。返却の印を押した者も、先に確かめなければならない。


「先月まで、あれがここにあると思っていたのか」


 尽が聞くと、エウリスは空の箱を見たまま答えた。


「私もだ。瓶ばかり数えていた」


 窓の外で授業の鐘が鳴った。走っていた学生は角を曲がり、姿が消える。部屋の中では誰も動かず、記録官の筆だけが、空の溝の長さを紙へ写していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。