第百九十二話 許可のない試験
カルヴォスの机を封じた時、監査官は引き出しの奥に薄い帳面を一冊見つけていた。表紙に題はない。途中の頁に、北谷測量班の名と六号箱の番号が並び、余白へ小さく「角獣捕獲時、黒針の返りを測る」と書かれている。
帳面を開いたまま、監査官はエルシリンから届いたハルムの供述を読んだ。受領印を押さなかったこと、十四番の鍵を渡されたこと、谷に網を張ったこと。日付を照らしてから、王宮の小部屋へカルヴォスを呼ぶ。
「ハルム・セイを知っていますね」
「水路の技師です」
カルヴォスは名前を聞いても驚かなかった。監査官は帳面の頁を指した。
「あなたは前回、古い防護剤の行方を確かめるために箱を出したと話しました。角獣を捕らえる予定も、ここに書いてあります」
「試験の構想です」
「実際に網が張られ、角獣がかかった」
カルヴォスは返事をする前に帳面を引き寄せた。自分の字を見て、頁の端を押さえる。
「黒針は、霊力に触れると向きを変える。谷で一度確かめたかった。若い角獣なら、網を切れば逃がせると聞いていた」
「誰から」
「ハルムです。捕まえる場所と時刻は、彼に任せた」
ハルムの話では、カルヴォスが「反応を見る試験」と言って依頼したという。両者の言葉は、試験があった点で重なる。網を誰が設計し、獣への危険をどこまで知っていたかには食い違いが残った。監査官はそれぞれの供述を分けて記録させる。
「エルシリンの森で角獣を捕らえる許可は?」
「ありません」
カルヴォスの声は低かった。王国の宮廷用務表には港の通商資料照合と書き、森の林務局には北谷測量班の名を使った。研究会の古い印が六号箱に残っていれば、すぐに王宮へ照会されないと見込んでいたという。
「レオハルト殿下は、試験を知っていましたか」
「いいえ。第七灯の古い試験で保護材を使ったことは知っていたでしょう。森の網には関わっていない」
監査官は王子への聴取記録と突き合わせると告げた。カルヴォスの言葉だけで責任の範囲を決めるつもりはない。帳面には、谷での試験後に書き足した数字が二行あった。角獣が網に触れた時の針の変位。網を焼き切られた時は〈返りなし〉。尽たちの当日の報告には、風で針の揺れを糸の中へ閉じ込めたとある。
「風間尽たちを引き渡せと迫ったのは、これを隠すためですか」
「彼らは箱を見ていました。聞き取りを先に済ませれば、王宮へ報告する順序を揃えられると思った」
「殿下が重傷だと告げたのも」
カルヴォスは頷いた。監査官はその部分をもう一度記録させ、これまでの使者の報告と一緒に封じる。翌朝、書記官としての権限を停止し、身柄を王宮の管理下に置く命令が下りた。森での行為については、エルシリンへ供述の写しを送り、向こうの調査を待つ。
監査官は最後に、帳面の二行を写した紙を別に用意した。ハルムから押収した巻き枠と、ユーノが谷で採った鏡板の記録を比べるためだ。封筒の口を固く折り、翌朝のエルシリン便へ載せた。




