第百八十九話 柵の裏の控え
翌朝、保存担当は柵の札を外す前に、四辺を細い糸で測った。濡れた紙は札の裏へ貼りつき、端だけが水路側へ垂れている。筆先で持ち上げようとすると、ミレイアが「破れる」と小さく言った。
保存担当は札ごと透明な板へ移した。二つの穴の間隔は、港仲介商会の複写帳票と同じ。青い罫線も合う。乾いたところに残る小さな数字を、フィオナが読み上げた。
「四一七二」
商会が保全した六号箱の運搬依頼にも、右上に四一七二とある。原本の写しを横に置くと、数字の下にある欠けた三波印まで重なった。保存担当は同じ依頼の複写だと確認したが、谷の箱にあった別の紙片については、ここで結論を出せないと言う。
「商会から誰に渡した控えか、分かりますか」
尽が訊く。フィオナは紙の裏を見た。
「帳票の枚数は受付係へ聞ける。ただ、この紙が柵まで来た道は、まだ分からない」
紙の端に白い繊維が一本、引っかかっていた。水路の糸と同じものかどうか、板に固定したまま調べる。ナディアは紙の位置も札の裏表も図に残し、それからミレイアへ目を向けた。
隔離区画の鍵が回る。奥は古い植木鉢と、空の棚が三列。ひどい臭いはなかった。閉めきっていた土の湿り気と、木箱の乾いた匂いが混じっている。
「学生は柵の外」
ミレイアに言われ、ペペは靴先を引っ込めた。尽、リゼッタ、ユーノも敷居の手前に留まる。ナディアと森守二人が先に入り、棚の裏まで灯を運んだ。
水路は部屋の床を横切り、奥の格子へ吸い込まれていた。尽が柵越しに細い風を送ると、格子の手前で風が曲がる。板の下に隙間がある。ペペは工具を出しかけたが、ミレイアの顔を見て元へ戻した。
「外へ抜ける排水管ですか」
「昔はそうだった。いまの図面には載っていない」
ミレイアは棚の脚に刻まれた古い番号を読み、フィオナへ告げた。学院が隔離区画を閉じた頃、この管も塞いだはずだという。格子の内側を照らすと、詰めた石の一つが傾き、その脇から水が細く流れていた。
森守は棒の先で石を動かさず、位置だけ測る。人の手が届く幅ではある。人が通れる穴ではない。小さな紙なら、流れに乗ってこちらへ来るかもしれなかった。
「柵の札まで上がるには?」
リゼッタが言う。柵は水路から膝ほど高い。誰かが外から差し込んだ可能性もあるし、白糸が紙を引いた可能性もある。フィオナは答えず、札の裏にあった紙の濡れ方をもう一度見ると言った。
その時、ユーノの鏡板に細い影が二つ映った。昨日と同じ場所の白糸が、水に逆らってわずかに動いている。尽が送った風はもう止めていた。
「先生、いま」
ユーノが言い終える前に、二本の先が揃って格子の方へ引かれた。ナディアは森守を下がらせ、格子の位置へ印をつける。誰も石には触れなかった。水の下で白いものが一度だけ折れ、見えなくなった。




