第百八十七話 行程表の余白
カルヴォスが二度目の召喚に応じた朝、監査官の部屋には新しい椅子が一脚増えていた。王宮の記録官が座り、机の端で筆を整えている。カルヴォスはその椅子を見て、手にした外套を畳むのをやめた。
「前回の行程表を訂正する機会を、先に差し上げます」
監査官は署名のある紙を差し出した。港の役所、商会、公営宿。その下に、林務局へは行っていないとカルヴォス自身が書いている。
「訂正はありません」
「港の閲覧簿に、お名前がないそうです」
「窓口へ寄って、職員に口頭で聞きました。帳面に残らなかったのでしょう」
「誰に」
カルヴォスは職員の名を覚えていないと言った。監査官は追わず、厩番の証言へ移る。黒馬の左前脚に白布を巻いたこと、二晩目の夜に出て明け方に戻ったこと、配達日の昼前にカルヴォスがその馬で宿を発ったこと。記録官の筆が止まるたび、監査官は読み終えた行を指で押さえた。
「港へ向かいました」
「途中の分かれ道は、北の資材庫にも通じます」
「道が通じているだけなら、何の証明にもなりません」
「その通りです。水車小屋の運搬係が見た黒馬の脚にも白布があった。馬が同じでも、箱を受け取った人物までは決まりません」
カルヴォスは初めて監査官を見た。否定しようとしていた言葉を、飲み込んだようだった。
「では、なぜ呼んだのです」
「番人の供述と、あなたの行程表です」
監査官は十四番の鍵の貸出欄を置いた。命令番号のない持出し札には「北谷測量班」。番人は銀貨二枚を受け取り、王宮書記官カルヴォスと名乗る男へ鍵を渡したと話している。カルヴォスは紙の端を見つめたまま、長いこと黙っていた。
「資材庫には行きました」
記録官が筆を持ち直す。
「前回は否定しましたね」
「記録に残せない仕事でした。古い薬剤の行方を、王宮の名が出る前に確かめたかった」
「誰の命令で?」
「私の判断です。レオハルト殿下から指示は受けていません」
監査官は理由の欄に線を引かず、言葉を続けさせた。カルヴォスは資材庫で古い防護剤の瓶一本と六号箱を出させ、商会の運搬も手配したと認めた。銀貨二枚は番人への謝礼。十四番の鍵も受け取った。水車小屋へは黒馬で行ったが、箱を受け取ったのは別の者だという。
「その者を、どこで待たせましたか」
「石垣の裏です。私は馬から降りず、向こうが運搬係と話した」
「名を」
カルヴォスは答えない。監査官は、谷で見つかった網と黒い針、六号箱に入っていた空瓶三本の目録を並べた。
「あなたが渡したのは、瓶一本と箱です。谷の箱にあった空瓶三本のうち、どれがその一本かも特定できていません。網を張った者も、まだ調べています。受取人の名が要る」
「その男が谷へ持って行ったとは限らない」
「限りません。名を聞けば確かめられます」
監査官は記録官へ、カルヴォスの資料閲覧権を当面止め、書記室の机と持出し帳を封じるよう指示した。拘束の判断は、供述を付けて上へ求める。カルヴォスは抗議しかけたが、監査官が差し出した訂正用の紙を受け取った。
港の役所の行を消し、資材庫と水車小屋を書き入れる。最後の「受取人」の欄で、筆が止まった。記録官は空欄を見たまま、頁をめくらなかった。




