第百八十四話 剥がされた追跡札
王宮の印が下りたのは、その翌日の夕方だった。
ソラヴェインの城門では、衛兵が四人の似顔絵を留めた板から釘を抜いた。紙は雨で波打ち、ペペの絵には誰かが余計な髭を描いている。衛兵はそれを剥がして裏返し、発令簿の同じ行に「王族襲撃の追跡、停止」と書き込んだ。
最初の申立ては消されない。レオハルトが署名した訂正と、医師の診断書がその後ろに綴じられる。研究会の管理責任や、四人が何をしたかについての正式な審理も、まだ終わっていなかった。ただ、あの申立てだけを根拠に捕らえる命令は、この日から使えなくなった。
エウリスは写しを二通作らせ、一通を学院の保管庫へ預けた。もう一通は封蝋を施し、王宮の伝令に持たせる。紙がエルシリンへ届くまでに、さらに二日かかった。
精霊魔法学院の温室では、尽たちが蔓の巻きついた棚を片づけていた。フィオナが封筒を手にして入ってくると、ペペは土のついた手を上着で拭き、リゼッタに叩かれた。
「触る前に洗って」
「まだ触ってないって」
フィオナはそのやり取りが済むのを待ち、王宮の印と日付を見せた。セレーネもナディアもいる前で、追跡命令の停止を読み上げる。
ユーノは聞き終えると、尽の顔を見た。尽は棚から下ろした空鉢を抱えたまま立っていた。
「……もう、門で名前を言ってもいいのか」
「その件で拘束されることはありません」
フィオナは頷いてから、紙の下段を指した。
「ただし、国境の通行許可とは別です。皆さんのエルシリンでの滞在資格はそのまま。王国へ戻るなら、通常の渡航書類を申請してください。以前の学院調査に使った二日間の通行証は、もう期限が切れています」
「じゃあ、今日帰って明日の授業に遅刻する、ってのは無理か」
ペペが言うと、セレーネが笑った。
「帰る用事より、遅刻する予定が先なのね」
「王国の菓子屋、まだ開いてるかなと思って」
「あれだけ逃げ回って、最初の用事がそれ?」
リゼッタは呆れたが、声は柔らかかった。尽は空鉢を作業台に置いた。指が少し震えている。逃げた日の荷馬車の軋みと、検問の手前で息を殺した時間を、もう思い出さなくていいわけではない。それでも、あの似顔絵が門から外れたと聞いて、胸の奥にあった固いものが少し動いた。
「王子は、謝ったの?」
尽が尋ねる。フィオナは首を横に振った。
「謝罪の文面はありません。本人が先に鎖を放ったこと、四人を呼び入れたこと、最初の申立てを訂正したこと。届いたのは、そこまでです」
「それなら、そこまで受け取る」
リゼッタは写しを見た。紙には彼女たちが何度も話してきた順序が、ようやく相手の署名で記されている。尽も頷いた。謝ってほしくなかったわけではない。だが、言葉を待つために、また立ち止まりたくはなかった。
ナディアは別の封筒を机に置いた。こちらは王宮から森の警備隊へ来た照会で、十四番の水路鍵を使った資材庫の番人と、宿で夜中に馬を出したカルヴォスの足取りを突き合わせるよう求めている。番人の供述だけで書記官と断定はできない。二日目の夜にどこへ行ったかを示す証人も、まだいない。
「追跡札を剥がしたからって、こっちまで片づいたわけじゃない」
ナディアが言う。尽は頷き、手を洗いに温室の外へ出た。水が指の土を流すあいだ、彼は開いた窓から中の声を聞いていた。ペペが菓子屋の名前を三つ挙げ、ユーノが渡航書類の欄をフィオナに訊いている。
尽は濡れた手を布で拭き、戻って言った。
「書類はあとで書く。まず、あの箱を運んだ人の話を、もう一度聞かせて」
ナディアが椅子を引いた。温室の作業台には、片づけかけの空鉢がまだ四つ残っていた。




