第百八十三話 鎖を放った手
翌朝の実習棟は、授業が始まる前から人の足音が多かった。王宮の監査官は小部屋を借り、エウリスと学院の記録官を立会人に置く。レオハルトが入ると、廊下の学生たちは扉の前を急いで通り過ぎた。
「まず、あの朝のことを」
監査官が言った。王子は椅子に座り、砕けた第七結晶灯の図を見た。破片そのものは、ここへ持ち込まれていない。
「風間尽たちを呼んだのは私だ。風見塔で得た記録と風晶片を、研究会へ渡すよう命じた」
「四人が入室する前に、武器を用意しましたか」
「鎖の術式は、部屋にあった」
エウリスが視線を上げる。レオハルトは言葉を足した。
「だが、私が起動しなければ動かない。彼らは拒んだ。私は尽の手を止めようとして、先に鎖を放った」
記録官の筆が紙を擦る。ペペが机を蹴り、ユーノが鏡板を掲げ、跳ねた鎖が第七灯を砕いたことも、王子は話した。リゼッタの火は鎖の先だけを焼いた。二つ目の術式で扉を閉め、窓に網を張ったところで、監査官が確認する。
「その時、彼らはまだ部屋から出られませんでしたね」
「そうだ」
「尽が風を使ったのは、そのあとですか」
王子は図の隅を見つめた。しばらくして頷く。
「私の足元へ。倒すつもりだったのか、逃げる道を作るつもりだったのかは、本人に聞いてくれ。私は滑って膝を打った」
「診断書には、膝の打撲と唇の小さな傷とあります。聴取を受けられない重傷とは書かれていません」
「医師が帰った後も話せた」
レオハルトは答えた。カルヴォスの使者としての発言は、その日の医師の記録と合わない。監査官は別の欄に置き、王子が今語った順序へ戻る。
「最初の申立てには、四人が実習室へ侵入し、殿下を襲ったとあります」
「侵入ではない。呼んだ。襲撃と書かせたのは、私だ」
小部屋が静かになった。レオハルトは口を結び、記録官の筆が止まるのを待たずに続けた。
「私が先に鎖を出したことを、最初の申立てには入れなかった。訂正する」
エウリスは椅子の背に掛けた手を下ろした。尽たちの言い分を信じて逃がした朝から、ずっと待っていた一行だった。監査官は王子の言葉を読み上げ、記録官に書き直しではなく追記させる。最初の申立ても残す。
「王族襲撃としての追跡命令は、この供述と両立しません。停止を上申します」
「今すぐ取り消せないのか」
「発令した王宮の印が必要です。殿下の訂正を添えて、本日中に回します」
レオハルトは指輪を外し、卓へ置いた。印を押す前に、研究会の記録へ話を移す。第七結晶灯の試験に一瓶を借りる承認書には自分の印があると認めた。試験の塗布と清掃には立ち会っていない。二年前に北門から森へ渡った八瓶については、彼が研究会を率いる前の搬送で、今回の北谷測量班名義の持出しも承認していないという。
「そこは、帳簿と証人で確かめます」
監査官が言う。王子は頷き、訂正の頁へ署名した。指輪の印が朱色の小さな輪になって残る。立ち上がる時、彼はエウリスの方を見たが、何も言わなかった。エウリスも扉を開けるだけにした。




