第百八十二話 王子の知らない用務
公営宿の返書が届いた朝、監査官は茶を飲みかけたまま厩の欄を読み直した。カルヴォスが国境を越えた日の夜、黒馬は宿へ預けられている。翌晩は、日が落ちたあとに引き出され、戻ったのが箱六号の配達日の夜明けだった。宿の主人は、二晩目の部屋を空けたままにしていたという。
馬がどの道を通ったかは書かれていない。監査官は厩番の署名を確かめ、返書を封に戻した。カルヴォスをもう一度呼ぶため、使いを出す。
その頃、カルヴォスは魔法学院にあるレオハルトの居室を訪ねていた。窓際の机には授業の書類が積まれ、王子はその一枚へ印を押しかけて手を止めた。
「北の資材庫へ行ったのか」
挨拶の前に聞かれ、カルヴォスは扉を閉めた。
「監査官から、そういう供述があると示されました。私の用務は港の資料照合です」
「私の質問に答えろ」
「資材庫へは行っておりません」
レオハルトは印章を机に戻した。カルヴォスは外套を腕に掛けたまま、動かない。
「研究会の名が森で見つかった時、お前は私に、古い荷札だと言ったな」
「はい。二年前の貸出品が混じっている可能性がありました」
「なら、なぜ箱が見つかる前にエルシリンへ行った」
カルヴォスは一拍置き、港の商会に古い搬送記録があると聞いていたからだと答えた。誰から聞いたのかと重ねられると、「王宮の書記室に届いた照会から」とだけ言う。
レオハルトは椅子を引いた。二年前の八瓶が北の資材庫へ渡った時、彼はまだ王立術具研究会を率いていない。第七結晶灯の試験に一瓶を借りた承認書なら、自分の印がある。森の運搬依頼に、自分の印は押していない。
「私の承認で動いたと言い出すつもりか」
「殿下のお名前は出しておりません」
「今もか」
カルヴォスは答えなかった。レオハルトは机の下から、エルシリンが返してきた報告の写しを出す。見張り小屋で使者が述べた言葉に、指を置いた。
「私が重傷で、聴取に応じられないと言ったのもお前だな」
「あの時は殿下が医師に診られていました。引渡しを急ぐ必要がありました」
「診察を受けたことと、重傷は違う」
カルヴォスは弁解しかけ、やめた。廊下では学生たちの声がした。王子の居室へ近づくと静かになり、靴音だけが通り過ぎる。
「監査官には、私の知らない用務を私の許可として扱うなと伝える」
レオハルトが言う。カルヴォスの眉が少し動いた。
「殿下。風間尽の件まで、別の話にされては困ります」
「あの日のことは私が答える。お前は自分の三日間を答えろ」
王子は書類へ印を押さず、卓の端に寄せた。カルヴォスが退室したあと、侍従を呼ぶ。
「監査官へ。明日、私から話す」




