第百七十八話 十四番の鍵
ナディアが持って来た木札は、親指ほどの長さしかなかった。片面に赤い印の一部が残り、雨を吸った角は柔らかい。尽が顔を近づけると、ナディアは札を載せた布ごと少し遠ざけた。
「触るのはあと。これを見つけた隊員も、印を読めていない」
保管室にいた森守の古参が、灯の角度を変えた。赤い線は丸い受領印に見えたが、札の端には小さな切り欠きが二つある。彼はそこで目を細め、机を軽く叩いた。
「鍵札だ。林務局の古い型」
鍵を持ち出す時、代わりに掛けておく木札だという。印の残った一画は「受」ではなく、鍵を預ける棚の「封」の字だった。配達の受領とは関係がない。ナディアは伝言を口にした隊員を責めず、最初の報告に訂正を付けさせた。
「どの鍵ですか」
ユーノが尋ねた。古参は木札を裏返さず、端の切り欠きだけで数を確かめる。
「十四番。水車小屋の下を通る古い取水路の扉だ」
尽は図を引き寄せた。小屋の石垣の向こうには谷へ続く獣道がある。取水路は別の線で、川の下流側へ曲がっていた。人が通れるのかと聞くと、古参は肩をすくめる。
「大人が屈めば。水の少ない時期ならな。俺はもう入らんよ」
その日のうちに、ナディアは詰所の鍵棚を確かめた。十四番の釘には、札も鍵も掛かっていない。貸出簿には、箱六号と瓶が資材庫から出た日の午後、「北谷測量班、取水路の点検」と書かれ、返却欄が空白だった。
「測量班はその日、出ていないはずだよね」
ペペが言う。ナディアは頷く。三日後に予定された測量も雨で流れた。班の二人が鍵を受け取った記録はない。持出し札と同じ班名が、鍵の欄にも使われていた。
資材庫の番人は、鍵のことを知らなかった。鍵棚は詰所の奥にあり、昼は書記が出入りする。貸出簿の字を誰が書いたか、番人には分からない。ナディアは木札の切り欠きを写し、鍵の紛失を正式に届けさせた。
「水車小屋へ行きたい」
尽が言うと、ナディアはすぐ首を振った。
「柵の内側は森守が行く。おまえたちはここで図を見てくれ。まだ鍵を持った者が、あの扉を開けられる」
セレーネも尽の腕に触れた。追われて森へ入った頃なら、尽はこのまま先に走っていたかもしれない。今は紙の上に線を引く。橋から水車小屋へ運ばれた箱と、取水路の出口がどこで近づくか。ユーノが古い地図を重ね、リゼッタは水位の記録を探した。
夕刻、取水路へ向かった森守から短い伝声が入る。扉は閉じていた。錠前にも新しい傷はない。だが内側の格子に、細い白糸が三巻き残っているという。鍵を使った時期は、まだ分からない。
尽は図の上で鉛筆を止めた。水車小屋の石に結ばれていた短い糸。取水路の格子に巻かれた糸。二つの間を線で結ぶには、現物を比べなければならない。ナディアは伝声管を握ったまま、格子ごと封じられるか隊員に尋ねた。返事の前に、管の向こうで水が跳ねる音がした。




