第百七十四話 水車小屋への配達
三日後、港仲介商会の運搬係が詰所に来た。尽たちもフィオナに呼ばれ、学院から馬車で着いたところだった。運搬係は足首まで泥のついた長靴を履き、帽子の内側には商会の札を縫い付けている。ナディアが名乗ると、彼は最初に賃金の話をした。
「あの日の配達は、受領印がもらえなかったんです。半日分を引かれました」
商会の勤務表には、彼が通行札を受け取った時刻と、戻した時刻が載っていた。番号は橋番の帳面と合う。フィオナは写しを確認してから、彼が話しやすいよう書類を脇へ寄せた。
「資材庫から何を運んだか、覚えていますか」
「肩に掛ける木箱を一つ。紐が短くて、橋までに右肩が痛くなりました」
運搬係は外套越しに肩を押した。箱の蓋は閉じられていて、中は見ていない。資材庫で「北谷測量班の受取人へ」と言われ、行先を書いた小紙片を渡された。商会の事務所で受け取った仕事の指示も、同じ宛先だったという。
ナディアが地図を出す。運搬係は橋を指で越え、川に沿った細い道を上へなぞった。やがて古い水車小屋の跡で止める。今は屋根が落ち、石の輪だけが残っている場所だった。
「ここで待てと書いてあった。朝から誰もいなかったから、腹が減って引き返そうとした頃に一人来ました」
「顔は?」
「布を巻いていました。寒い日だったし、森で作業する人はみんな似た格好です」
受取人は箱の紐を握ってすぐ奥へ歩き出した。運搬係が受領印を求めると、「詰所で押す」とだけ答えた。しかし詰所にも商会にも印は届かず、運搬係の手当から半日分が差し引かれた。彼はその件で上役と言い争ったので、配達日を覚えている。
「追いかけなかったんですか」
ペペが聞いた。運搬係は濡れた帽子を膝で握る。
「北谷の道は荷を渡す所までだと言われていました。森の奥まで入る契約じゃありません」
ナディアは頷いた。水車小屋の跡から、罠のあった谷へは獣道が続く。箱がその道を通ったという証言はない。運搬係が見たのは、受取人が小屋の石垣の向こうへ消えるところまでだった。
商会から届いたもう一枚の写しには、運搬依頼を受け付けた日の記録があった。差出人の欄は「林務局」。受付係は封の印を確かめて仕事を割り振ったが、誰が紙を窓口へ持って来たかは書いていない。ナディアは持出し札の印と見比べるため、原本の保全を商会へ求めた。
「受取人は、瓶のことを何か言いましたか」
ユーノの質問に、運搬係は首を振った。
「箱を持って行っただけです。瓶が入っていたのも、今日ここで聞いた」
フィオナはその言葉を記録した。木箱六号を資材庫から橋へ、橋から水車小屋へ運んだ人は分かった。小屋から先は別の手だ。ナディアが地図を畳み、調査に出せる森守の人数を確かめる間、運搬係は賃金の控えをもう一度見せてほしいと言った。
「その半日分、戻るんですかね」
「商会との話になる。ただ、受領印をもらえなかった理由は記録する」
ナディアが答える。運搬係は控えを帽子の中へしまった。尽たちが詰所を出る時、森守が二人、地図に印をつけた水車小屋へ向かう支度をしていた。ナディアが柵の鍵を隊員へ渡すのを見届け、四人は学院へ戻る馬車に乗った。




