第百七十二話 箱の内側の六
ナディアが資材庫の番人を呼びに行くと、詰所の書記は古い札束を棚へ戻した。尽は机の上に残った持出し札を眺める。指一本ぶん低い穴。そんな違いに気づく前は、北谷測量班という字をそのまま読んでいた。
番人は袖をまくり、帳面を抱えて現れた。八本を受け取った時の数と、その後に使った分は帳面でも合う。問題の一本の欄には、瓶の番号の横に小さく「携行箱六号」と書いてあった。
「箱にも番号があるんですか」
ユーノの問いに、番人は頷く。
「何度も使うからな。六号は底板が緩んで、春に補強した」
ナディアが顔を上げた。森で押収した罠箱は、警備隊の保管庫にある。底の三本波線と小さな丸は、すでに写しを取っていたが、底板の内側は装置を外すまで見られなかった。
「持って来られるか」
番人には答えず、ナディアは警備隊の隊員へ伝令を出した。尽たちは柵の手前で待つ。ペペが詰所の炉に薪を足した途端、煙が部屋へ戻ってきて皆が窓を開けた。風向きが変わったらしい。誰も笑わなかったが、リゼッタはペペの背中についた灰を手で払った。
箱を運んできた隊員は、封印のついた布を卓へ置いた。ナディアともう一人の森守が封を確かめ、岩場で箱を開いた時の図を広げる。中にあった三つの空瓶と羽根、濡れた紙片は、それぞれ別に封じられている。ナディアは尽たちを卓の反対側へ下がらせた。
蓋を開けると、尽が森で見た木目があった。瓶が置かれていた底には、薄い板が一枚敷かれている。ユーノが図と見比べ、奥の角に残った浅い切れ目を指した。
「底板の継ぎ目、ここです。上から一枚重ねてあります」
森守が木べらを差し込み、重ねた板をそっと浮かせた。下の古い板に、焼き印が一つある。小さな六の字だった。番人は自分の帳面を閉じ、別の頁を開いて差し出す。携行箱六号の補修欄に、底板を重ねて留めた日付と、釘を打ち直した数が記されている。実際の箱には、同じ位置に新しい釘が二本あった。
「うちの六号だ」
番人は言った。ナディアは印と釘の位置を写し取り、箱の表にある三本波線も改めて記録した。港の商会が押した印だけなら、ほかの箱にもある。六の焼き印と補修の跡まで合う箱は、資材庫の帳面に一つだった。
尽は箱の空いた底を見た。あの谷で開けた時には、三つの空瓶と濡れた紙片の下に隠れていた場所だ。罠を発見する九日前に持ち出された箱が、そこにあった。資材庫から一緒に出た瓶がどれかは分からない。
「中に保護材を塗った跡は?」
リゼッタが尋ねる。ナディアは既に採っていた箱の内側の粉を示した。土と木屑が多く、先の鏡板のような白い線は見つかっていない。警備隊の鑑定も続いている。瓶を持ち出した者と、罠を組んだ者が同じかどうかも、今の箱だけでは決められなかった。
番人は持出し札の日付を見て、しばらく考えた。
「六号を渡した時、受け取った人は箱の蓋を開けませんでした。急いでいて、紐を肩に掛けたまま、南の旧道へ歩いていった。馬車じゃない」
ナディアは壁の巡回表を見た。南の旧道から谷へ向かうには、柵の手前で小さな橋を渡る。あの日の橋番は一人だった。交代の印が残っている。
「その橋番に聞く」
ナディアは箱へ新しい封を掛けた。詰所の外で、朝から軋んでいた柵の鎖を森守が外し、点検済みの鎖に替えている。尽たちはそこへ近づかず、ナディアが書いた橋番の名をフィオナの帳面に写した。




