第百七十一話 北谷測量班
エウリスの便りを読んだ尽は、乾燥室という字を二度見た。棚から消えた瓶は、学院の西棟にあった。フィオナは同封の番号をトビアスの返却票と突き合わせ、紙を尽へ渡す。
「中身の鑑定はまだよ。でも、瓶は見つかった」
「あれを探して、ずいぶん遠くまで行ったな」
ペペが言うと、セレーネは首を振った。王子の襲撃については、まだ本人への聞き取りが残る。森で拾った罠箱と、北門から精霊国へ入った八本の関係も分かっていない。乾燥室の瓶が見つかっても、そちらの調査は続く。
その八本を調べてきたナディアが、午後に学院へ寄った。森守の外套の裾に、乾いた泥がついている。彼女はフィオナの部屋で小さな帳面を開いた。
「北の資材庫に残っていたのは二本。封は破れていない。林務局が境界の灯に使った分が五本。残る一本には持出し札があった」
持出しの日付は、尽たちが罠の箱を見つける九日前。札には「北谷測量班、観測杭の補修」と書かれていた。資材庫の番人は、箱ごと渡したと覚えているが、取りに来た人の顔ははっきりしないという。
「その班が、罠を仕掛けたの?」
リゼッタが聞く。
「班の名が本物か、まず確かめる」
ナディアは持出し札の写しを畳まずに置いた。北谷へ通じる林道はいまも閉鎖中だが、林務局の詰所は柵の手前にある。翌朝、ナディアが四人を詰所まで連れていくことになった。セレーネとフィオナも同行する。
朝の詰所は、泥のついた長靴で床が半分ほど埋まっていた。森守たちが戻ったばかりで、薪のそばに濡れた手袋が並んでいる。尽は柵の向こうの林道を見た。最初に箱を見つけた谷は、曲がり角の先で木に隠れている。
「ここから先へは出さないよ」
ナディアは念を押し、詰所の奥へ案内した。壁には林務局の巡回表が掛かっている。尽たちが見たのは写しで、原本には欠勤や代行の印まで残っていた。
持出し札の日付に、北谷測量班の出動はない。測量の予定はその三日後で、雨のため取りやめになっていた。担当者二人の名前は巡回表にあるが、札を受け取った時刻には別の場所で境界灯を点検している。
「予定の前に資材だけ取りに来たんじゃ?」
ペペが言った。ナディアは頷き、資材庫の番人から聞いたことを伝える。持出しを申し出た者は、班の予定を知っていた。札の上には林務局の印も押されている。ただし、正式な出動命令の番号は空欄だった。
フィオナが原本を横から見た。空欄の周りだけ紙が少し毛羽立っている。
「消した跡ですか」
詰所の書記は灯を斜めに当てた。筆圧の跡は見えない。最初から書かれなかった可能性がある。フィオナは触れずにその状態を写し、ナディアへ確認させた。
書記が奥から出したのは、同じ週に使った持出し札の綴りだった。ほかの札には、右上に小さな穴が開いている。札を束ねて保管するための穴だ。北谷測量班の札だけは、穴の位置が指一本ぶん低い。
「別の束から来た紙か」
尽が言うと、書記は倉庫用の古い札束を持って来た。そちらも穴が低かった。印と様式は同じだが、数年前まで使っていた紙である。誰でも使えたわけではない。倉庫の古い机に保管され、番人と出入りする職員なら手が届いた。
ナディアは古い札束と問題の一枚を、詰所の机に並べた。印を押した者の記録も、今から探すという。尽は窓の外へ目をやった。森守が柵の鎖を掛け直している。風が吹くたび鎖は揺れたが、掛け金は外れなかった。




