第百七十話 乾燥室の棚
ソラヴェイン魔法学院の廊下には、古い水漏れの跡がまだ残っていた。白く塗り直した壁の上端だけ、周りと色が違う。エウリスが見上げていると、修理係が梯子を担いで来た。監査官も一緒だった。
「あの晩、備品室に入ったか」
エウリスが聞く。修理係は梯子を壁へ立てかけ、塗り直した場所の真下を指した。
「入りました。廊下からは管の裏が見えなかったので。イルマさんに開けてもらいました」
備品室の扉を開けると、細い通路を挟んで棚が並んでいる。修理係は奥へは行かず、扉に近い棚の上を指した。濡れた壁に寄せてあった物を三つ、廊下へ出したという。作業帳には管の交換しか書いていない。
「三つとも戻しましたか」
「翌朝、壁のほうは乾いていました。ただ、木箱の底が湿っていたんです。乾燥室へ運んで、そこで忘れてしまったかもしれません」
監査官が名前を聞くと、修理係はその場で署名した。作業帳にある署名と同じ筆癖だった。あの夜の鍵をいつ返したかについては、朝の鐘が鳴る前と答える。イルマから借りたまま、修理道具と一緒に腰へ下げていた。
イルマは実習棟で待っていた。原票を示されると、自分が予備鍵を借りたと認めた。水漏れの日付を見て、しばらく目を細める。
「試験の時は備品室に入っていません。あの日の質問は、瓶を返した時のことだと思って答えました」
「八日後には入ったんですね」
「修理の人と、扉のところまで。管を見ている間、私は外で布を絞っていました。終わるまで鍵を預けて、先に帰りました」
尽からフィオナへ渡された問いも読み上げた。イルマは首を横に振る。鍵はその夜、修理係が持っていた。翌朝、修理係から受け取って保管官へ返したという。これで貸出票の返却時刻とも合う。
監査官は、イルマに先日の証言と今の話を一続きに書き直させなかった。試験の日に入らなかったという証言はそのまま残し、八日後の立入りと鍵の受け渡しを別の紙に記録する。イルマは署名する前に、修理係へ鍵を渡した時刻だけを「夕刻」から「夕食前」へ直した。
「木箱には触れましたか」
「いいえ。廊下に置かれたのは見ました。中身は知りません」
エウリスたちは西棟の乾燥室へ向かった。入口には干した薬草の匂いが染みついている。棚の一番下に、小さな木箱が二つ重なっていた。片方の底には、古い水染みが半月の形で残っている。
修理係が手を伸ばしかけ、監査官に止められた。保管官を呼び、棚と箱の位置を描き取ってから蓋を開く。上に入っていたのは錆びた留め具と空のガラス管。下の箱には、布に包まれた細い瓶が一本あった。
瓶の肩に貼られた紙札は黄ばんでいたが、番号は読めた。エウリスが研究会の貸出簿を持って来て突き合わせる。第七結晶灯の試験に出した瓶の番号だった。蓋の内側には乾いた白い筋がある。中の量までは、箱を開けただけでは分からない。
「棚が空になった理由は、これか」
エウリスが呟くと、監査官は瓶を布へ戻さず、別の受皿に置いた。
「移された経緯は見えた。中身を調べてから、研究会へ返しましょう」
乾燥室の箱に残ったほかの品と、修理係の話も記録する。予備鍵は少なくとも一晩、彼の手にあった。誰かが借り直した痕跡は今のところない。監査官は箱の底に貼られた古い札を剥がさず、封印を施した。
エウリスは廊下へ出て、フィオナ宛ての便箋を取り出す。瓶の番号を書いたところでペンを止めた。あの朝、レオハルトが鎖を放った事実は変わらない。その件の聞き取りも残っている。エウリスは一枚目を乾燥室の報告に使い、二枚目には北門で受領された八本の番号を書き写した。




