第百六十一話 焼きたての五枚
「これ、葉っぱに見える?」
セレーネが手の中の生地を持ち上げた。先端を尖らせ、中央に一本だけ筋を入れてある。尽が頷く前に、ペペが自分の丸い生地を横へ置いた。
「僕のは太鼓」
「また?」
「昨日の刺繍より、ずっと丸いよ」
共同生活科の調理実習だった。木の実を砕いて薄い生地に混ぜ、各自一枚ずつ小さな焼き菓子を作る。焼き釜は班に一つ。火を入れるのは教師がやってくれるが、並べる位置と取り出す時刻は学生が決める。黒板には、縁の薄いものほど先に焼ける、と書いてあった。
リゼッタの生地は細長い舟の形になった。片端を指でつまんで整え、天板の手前へ置く。ユーノは厚さを揃えるため、両脇に同じ大きさの木片を置いて伸ばした。尽の生地だけ、どうしても片側が少し厚い。
「向きを変えて、もう一度」
ユーノが伸ばし棒を差し出す。
「それで三回目だよ」
「あと一回で揃うと思う」
「その前に生地が机にくっつく」
尽は指へ粉を足し、厚い側だけ軽く押した。セレーネの葉の先が伸ばし棒に触れ、つるりと持ち上がる。彼女は慌てて引き戻したが、尖った先は折れた。
「丸い葉もあるわ」
リゼッタが慰める。セレーネは黙ってその先をつなぎ直し、今度は大きな楕円にした。
五枚を天板へ並べると、ペペの太鼓だけが場所を取った。リゼッタの舟を端へ押しやりそうになり、本人に手首をつかまれる。
「少し離して。くっついたら一枚になるわ」
「二人で分ければいい」
「あなたの太鼓が私の舟を沈めるのは嫌」
尽とユーノは笑いながら天板を持ち上げた。教師が釜の扉を開き、熱が五人の頬へ当たる。入れた時刻をユーノが小さな札に書いた。昨日の筆跡の授業のせいか、ペペが横からその字を覗く。
「今日はちゃんと本人の字だね」
「本人がここにいるからね」
焼ける間、班ごとに使った台を拭いた。粉は乾いた布では伸びるだけで、ペペが水を絞った布を持って来るとようやくまとまった。リゼッタが釜の前へ戻った時には、端のほうから木の実の匂いがしていた。
「先に細いのを出す?」
「舟の先だけ色がついてる」
ユーノが扉の小窓を覗く。教師に確認してから釜を開け、リゼッタの舟と尽の一枚を先に取り出した。尽の薄い側はもう焼けているが、厚い側にまだ柔らかさがある。二人はそれを天板の向こう側へ戻し、少しだけ待つ。
セレーネの葉とペペの太鼓は、釜の中で思いがけず膨らんだ。葉の筋は消え、太鼓の表面に細い割れ目が入る。ユーノの一枚は丸いまま、きれいに色づいていた。ペペは割れ目を指さした。
「ほら、叩いた跡みたい」
「焼きすぎの跡だと思う」
尽が言うと、ペペは釜の小窓から目を離さず、少しだけ端の色を見る。まだ黒くはない。教師が差し出した厚手の手袋を尽がはめ、残りの四枚を取り出した。
机の上では、焼く前の形がほとんど残っていなかった。セレーネは葉だったものを手に取り、リゼッタの舟と並べる。舟の先も縮んで、どちらも似たような楕円だ。
「名前を書いておけばよかった」
「食べるものに墨はつけられないよ」
ペペが昨日の紙を思い出した顔をする。ユーノは二枚を裏返し、舟のほうに残った指の跡を見つけた。リゼッタが生地をつまんだ場所だという。
「じゃあ、これは私の」
彼女はひと口かじった。細い先は香ばしく、真ん中はまだ柔らかい。セレーネも自分の葉を割り、木の実が片側へ寄っているのを見て笑った。尽のは厚い側だけ噛みごたえがあり、ペペの太鼓は五人で割っても一人分が大きい。
試食が終わる頃、隣の班から小さな皿が回ってきた。焦げかけた端を切り落とした焼き菓子で、残った真ん中を分けてほしいという。リゼッタは自分たちの舟を半分返し、ペペは太鼓の最後の一片を皿に載せた。
「丸くできたの、見せる分がなくなった」
「昨日、靴下で見せたでしょ」
尽が手袋を外す横で、ペペはセレーネに首を振る。靴下の太鼓と今の太鼓は違うのだそうだ。尽がどこを比べればいいか尋ねると、ペペは空の天板を指した。
「こっちは、おいしかった」
教師が次の班の天板を運んできたので、五人は場所を空けた。釜の扉が開くたび、木の実の匂いが廊下まで流れた。




