第十六話 同じ明るさを二つ作れ
弟子二日目の課題は、灯りを二つ光らせることだった。
同時に光ればよいのではない。
同じ明るさ。
同じ力石一つから。
赤光、碧光、通常光のどれでも。
片方が壊れても、もう片方は消えない。
条件が増えるたび、尽の紙の余白が減った。
依頼場所は、ミナが母親を迎えに通る暗階段だった。
工房で直した携帯灯があっても、階段そのものが暗いことは変わらない。
壁灯は以前から二つある。
上段の灯りは明るい。
下段は弱い。
上を見た直後に下へ目を移すと、段差が一瞬見えなくなる。子供だけでなく、荷物を担ぐ大人も足を滑らせていた。
二つの灯りを同じ明るさへ揃える。
小さな民生修理だった。
尽、ティム、グランドーガ、通路管理人が現場へ行く。
尽は階段を一層下りただけで、左膝が丸から三角へ近づいた。作業場所へ着く前に休む。
管理人は急かさない。
通路を半分閉じ、反対側へ仮灯りを置く。歩行者は一列ずつ通す。
工事を始める前に、事故を増やさない。
既設の灯りを開ける。
力石は一つ。
導路が途中で二つへ分かれる。
上段までの道は短く、下段までは長い。
上段の発光紋は新しい。
下段は表面が曇っている。
明るさが違う原因は、一つではなかった。
距離。
導路の継ぎ目。
発光板の劣化。
周囲の赤光漏れ。
碧石壁の吸収。
尽は、下段だけ新品へ交換すればよいと考えた。
ティムは上段の力を絞ればよいと考えた。
グランドーガは二人の案を紙へ分けて書かせる。
下段だけ新品。
上段だけ絞る。
両方を同じ規格へ交換。
分岐の位置を変える。
返流を独立させる。
費用、時間、再故障時の影響。
依頼人が選ぶには、比較が必要だった。
通路管理人は、両方交換する銅貨は出せない。
上段を暗くし過ぎれば、踊り場が危ない。
下段新品案を基本にし、分岐後へ調整片を入れることになった。
工房へ戻り、二灯の模型を作る。
尽は地球の並列回路を思い出す。
力源から二本へ分ける。
各灯りへ同じだけ流れるよう、片方へ調整部品を足す。
練習石一つ。
同型の発光紋二つ。
導路の長さだけを現場と同じ比率へする。
最初の試作。
上が明るい。
下が暗い。
予想通り。
長い側の導路を太くする。
下が明るくなり過ぎる。
少し細くする。
通常光では揃った。
赤い鏡箱へ入れる。
上が強い。
碧い暗箱。
下が青くちらつく。
導路の太さだけでは、三条件を同時に揃えられない。
ティムが、中央へ均し輪を置いた。
二つの出口を持つ丸い石。片側の流れが増えると、内部の薄板が動き、もう片側へ力を回す。
電気部品というより、水圧の調整弁に近い。
通常。
赤。
碧。
二つの明るさがほぼ揃った。
尽は成功記号を描く。
グランドーガは、下段灯の発光紋を一つ外した。
上段も消えた。
均し輪が、消えた側へ力を送り続けたためだ。返ってこない力を異常と判断できず、残った灯りへの供給まで止まった。
条件の一つ。
片方が壊れても、もう片方は消えない。
失敗だった。
明るさを揃える仕組みが、故障を共有する仕組みにもなる。
尽は均し輪を二つに分けようとした。
それでは同じ明るさを保てない。
ティムは各枝へ片流石を入れる。
片方が消えたとき、逆方向へ力が流れるのを止める。
再試験。
両方接続。
同じ明るさ。
下段を外す。
上段は一瞬強くなり、停止片が切れた。
消えた。
逆流は止めても、余った供給を受ける場所がない。
尽は返流石を、分岐前に一つ置く案を出す。
ティムは首を振る。
一つだけでは、どちらの枝で異常が起きたか分からない。
二人は図を描き直す。
力石。
主停止片。
均し輪。
左右の片流石。
各灯り。
各枝の小さな返流石。
最後に、余りを受ける共通の逃がし石。
部品が増える。
故障箇所も増える。
管理人が払える費用を超えれば、良い設計ではない。
工房の中古棚から、二室型の返流石を探す。元は小型保温箱に使われていた部品で、片側の余りを別室へ受けられる。
新品より安い。
ただし使用履歴がある。
赤碧の反応を先に測る。
亀裂なし。
容量は新品の八割。
二灯には足りる。
中古条件を依頼札へ記す。
二回目の試作。
両方接続。
通常光で差は許容線内。
赤光。
上が線一本強い。
碧光。
下が線一本強い。
どちらも許容線内。
下段を外す。
上段は一瞬明るくなり、戻る。
消えない。
上段を外す。
下段は一度ちらつき、戻る。
消えない。
片方の返流を逆にする。
その枝だけ停止片が切れ、もう片方は残る。
力石を弱らせる。
二つとも同じ割合で暗くなる。
尽は、試験項目へ丸を付ける。
グランドーガは、さらに発光板を布で覆った。
壊してはいない。
出力だけが見えない。
均し輪は、覆われた側へもっと力を送ろうとする。
発光板の温度が上がる。
灯りが暗いことと、回路へ力が流れていないことは同じではない。
尽は温度札を追加する。
一定以上になれば、その枝だけ切る薄片。
三回目の試作。
布で覆う。
温度上昇。
枝停止。
もう一灯は継続。
警告用の小さな赤片が、箱の外へ落ちる。
通路管理人は、赤片が見えたら修理を呼ぶ。
故障しても、見えなければ放置される。
警告までが仕組みだった。
現場へ取り付ける。
上段は既存灯を清掃し、調整片を追加。
下段は発光板を交換。
分岐箱へ均し輪、片流石、二室返流石、枝停止片。
箱の外へ赤い故障片。
管理人の前で試験する。
通常光。
赤光を導く鏡を開く。
碧石壁の遮蔽板を外す。
大人の目線。
子供の目線。
荷箱を担いだ状態。
階段を上る。
下りる。
ミナにも歩いてもらう。
上段から下段へ視線を移しても、足元が消えない。
次は、故障演習だった。
通路をもう一度閉じる。
管理人自身が分岐箱の小窓を開き、下段灯の返流片を試験位置までずらす。
下段が消える。
上段は一度だけ強くなり、元の明るさへ戻る。
赤い故障片が箱の外へ落ちた。
管理人はその片を見て鐘を一度鳴らし、通路の片側を閉鎖する札を出す。次に貸出灯を下段へ掛け、工房へ運ぶべき記録札を外す。
装置が正しく壊れても、見る人が手順を知らなければ意味がない。
尽は、赤片の位置が大人の目線にしか見えないことへ気づいた。
ミナの高さからは、分岐箱の縁に隠れる。
故障を最初に見つけるのが子供かもしれない。
赤片を落とす細管を下へ延ばし、子供の胸ほどの高さにも三角札が現れるようにする。ただし歩行者が引っ掛けないよう壁の溝へ収める。
羽族が上から進入した場合も考え、分岐箱の上面へ小さな赤窓を追加した。
一つの警告を、全員が同じ位置から見るとは限らない。
再び故障演習。
上。
中央。
子供の高さ。
三箇所で赤を確認。
管理人が復旧手順を逆にし、先に力石を戻そうとしたときは、グランドーガが止めた。
故障部を通常位置へ戻す。
赤片を回収する。
箱を閉じる。
通路を閉じたまま点灯試験。
最後に歩行再開。
順番も取付記録へ刻まれた。
管理人は二灯の下へ、同じ明るさを示す検査札を付けた。
完全に同じではない。
三光すべてで許容差の内側。
片灯故障時は残灯維持。
赤片落下時は使用条件付き。
中古返流石は十二双曜潮ごとに検査。
条件が多い。
尽が想像した魔法道具は、もっと簡単だった。
石へ魔力を入れ、呪文を唱えれば光る。
実際は、誰が歩き、どこが壊れ、修理費を誰が払い、故障をどう知らせるかまで考えなければ、公共設備にはならない。
工房へ戻ると、グランドーガが最初の回路図を返した。
地球の電池と豆電球を描いた、四角い線。
その横へ、今日の二灯回路。
力源から始まり、分岐、均し、片流、返流、停止、警告へ広がった図。
尽は二枚を重ねなかった。
似ているところはある。
違うところもある。
その間を翻訳するのが、自分の仕事になるかもしれない。
そのとき、工房入口で呼子が鳴った。
ガルドが、青縁布の購入記録と新しい木札を持って立っている。
見つかったのは、失われた洗浄証明ではなかった。
洗浄場の作業停止札。
青縁布を処理したとされる双曜潮に、洗浄槽の圧力弁が故障していた。
記録上、修理が終わるまで洗浄作業は禁止。
それなのに、布には洗浄済みとして料金が支払われている。
誰が作業を再開したのか。
洗わず印だけ付けたのか。
別の槽を使ったのか。
まだ分からない。
ただ、空白だった証拠の横へ、新しい矛盾が一つ増えた。




