第百五十九話 鈴を鳴らさない風
朝食の前に、ペペの枕布が尽の部屋へ運ばれてきた。
「僕のじゃないよ」
「名前はペペ。でも届け先に、あなたの部屋が書いてある」
寮監のサラナは、角に青い糸で太鼓を縫いつけた布を広げた。ペペが廊下の向こうから走ってくる。昨夜、自分の分を干すついでに、尽の部屋の番号を洗濯札へ書いてしまったらしい。
「ほら、すぐ分かるように太鼓までついてる」
「番号のほうも分かるように書いて」
サラナは枕布を本人に返し、雨続きで乾きにくくなった共同の寝具を干す手伝いを頼んだ。午前の授業が終わったら、寮の南側の物干し場へ来てほしいという。尽は頷いたが、ペペはまだ枕布を眺めていた。
「太鼓の刺繍、そんなに変?」
「叩く面が四角い」
ユーノが通りすがりに答えた。ペペは布を折って隠す。
昼過ぎ、物干し場には白い布が山のように積まれていた。寝台の敷き布と薄い掛け布、食堂から借りた大きな布巾もある。サラナは干し綱を張ったあと、その両端に小さな鈴を結んだ。
「風術で乾かすのはいいけれど、綱を揺らしたら隣の部屋まで聞こえます。鈴が鳴らないくらいの風で」
尽は指先で風を作り、湿った布の下を通した。鈴は静かだ。けれど布の内側だけが冷たく、折り目に挟まったところは動いていない。乾かすには、まず一枚ずつ広げる必要があった。
セレーネとリゼッタが両端を持ち、ユーノが木の留め具を渡す。ペペは布の真ん中へ潜って、裏側から皺を伸ばした。
「こっち、まだ折れてる?」
「顔が見えない。どっちのこっちよ」
リゼッタが返すと、白い布の中からペペの手だけが出た。留め具をつける位置を教えようとしているらしい。セレーネは笑いながら綱を少し下げた。
二枚目で尽は風の通り道を変えた。足元から吹き上げると布が膨らみ、鈴が一度鳴る。彼はすぐ力を抜いた。リゼッタが腰に手を当てる。
「一回」
「数えてるの?」
「あとでサラナ先生に聞かれたら答えるため」
「言わなくていいよ」
干し綱の下には、持ち主ごとに分けた小さな籠も並んでいた。ペペが布を踏まないよう後ずさると、籠の一つへ踵が当たる。中から靴下が片方転がり出た。片面に刺繍された太鼓は、枕布のものよりさらに四角い。
「これは僕のじゃない」
「持ち主が分かって助かる」
セレーネが拾って籠へ戻した。ちょうど物干し場に来たミオが、残った籠を見て首を傾げる。彼女の袖布は薄く、皆の掛け布と同じ綱に干すと影になってしまう。ユーノが短い別の綱を張り、ミオはそこへ留め具を二つかけた。
ナナは干した布の端を順に触って、まだ湿っているところへ小さな木の札を挟んだ。見上げた尽には、白い布が何枚も重なって、どれがどれだか分からなくなっている。
「その札、洗濯物の名前?」
「冷たい場所の印。乾いたら外してね」
ペペも手伝おうとしたが、触るたびに指が湿っているので全部冷たく感じるらしい。ナナは彼の手から水差しを取り上げ、乾いた布で指を拭かせた。
「温室から持ってきたの?」
「そでの様子を見てから来た。水はあげてないよ」
「なら、どうして水差しまで?」
ペペは答えず、物干し場の隅へ置きに行った。
「二つで足りる?」
「風が弱ければ」
尽はその返事を聞いて、もう一度布の間に風を送った。今度は綱と平行に、布の端から端へ。留め具の近くに残っていた水気が、少しずつ冷たさを失う。ミオの袖は揺れているが、鈴は鳴らない。
しばらくしてサラナが戻り、敷き布の端を指でつまんだ。
「これなら夕方にはしまえますね。鈴は?」
「一回だけです」
リゼッタが答える。尽は抗議しようとしたが、ペペが先に手を挙げた。
「僕が布の中にいた時です。すごい音でした」
「小さな鈴一つだったよ」
「中では大きく聞こえたんだ」
サラナは鈴の結び目を確かめ、皆に午後の授業へ戻るよう言った。ペペは自分の靴下を最後に綱へかける。日差しの当たる側へ太鼓の刺繍を向けたので、通りかかったリュオがそれを見つけて笑った。
「枕にも同じの、ついてるんでしょ」
「今度は丸い太鼓にする」
ペペが約束すると、リュオは「見せてね」と言って駆けていった。ペペは隅に置いた水差しを抱え直し、温室へ返してから授業へ行くと言う。尽は物干し場を出る前に、鈴が静かなのをもう一度見た。白い布のいちばん下だけが、そろってゆっくり揺れていた。




