第百五十六話 第七灯の試験簿
ペペは廊下でも小太鼓の拍を指で刻んでいた。机では叩かないようにして、鞄の縫い目を軽く押す。
「もう実習は終わったよ」
尽が言うと、ペペは最後の一拍だけ残して手を止めた。二人の前をリゼッタとユーノが歩く。セレーネは音楽室へ譜面を返しに行っていた。
階段の下でフィオナの使いと会った。ソラヴェインから試験簿の認証写しが届いたという。今度は一枚ではなく、薄い封筒が二つだった。
記録室にはセレーネも先に来ていた。フィオナは封筒の片方から写しを出し、試験の日付と器具番号を示す。王立術具研究会が一瓶を受領して三日後、第七結晶灯を使った試験が行われていた。
「本当に塗ってある」
ペペが頁の真ん中を指した。
術式保護材を、第七灯の鏡板の縁へ少量塗布。黒針を近づけ、灯の明るさと鏡板の反応を記録する。欄にはそう書かれていた。使用量も量りで残っている。瓶の中身が全部使われたわけではない。
「残りは?」
「研究会の保管棚へ戻した、とあります。今の現物数はまだ確認中です」
フィオナが答えた。塔の地下棚に残る二瓶とは別の、研究会へ渡った一瓶の残量だ。
リゼッタは結果欄を読む。灯は黒針を近づけた間も明るさを保ち、鏡板に目立つ変色はなかった。そこで試験は終わり、第七灯はその日のうちに実習室へ戻された。
「塗ったものは、拭き取ったの?」
尽が聞く。
「試験簿には作業の記載がありません。保護材が残ったままか、あとで落としたかは、この写しだけでは分かりません」
鏡板は王子との衝突の日、金色の鎖が跳ね返って砕けた。尽は破片を見た時の冷たい光を思い出す。もし縁に何か残っていたとしても、あの場で目だけで確かめられるものではなかった。
ユーノが次の頁をめくった。準備欄にトビアス・レンの印がある。受領簿に署名した備品係だ。けれど試験中の観察者欄には別の二人の印が並び、王子の名前はどこにもない。
「承認書には名前がある。でも、この日ここにいたとは書いてない」
リゼッタが言う。
「王子が来なかったとも書いていないですね」
フィオナは頁を閉じずに答えた。尽は承認書を重ねようとして、やめた。二枚を机の上に並べる。申請を認めた日と、灯を試した日は四日離れている。
もう一つの封筒はエウリスの手紙だった。教授は、保管された灯の破片を実習室から動かさず、当日の鎖痕の記録と同じ場で確認する方針だと書いている。試験簿に記載のない塗布材の残りも、現物を見なければ分からない。
末尾には、四人の身柄の保証について学院長同士が王宮へ示す文面を詰めている、とあった。王宮の手配は解除されていない。決まった日付もまだない。
「戻ってから見るしかないものが、増えたね」
尽が言う。セレーネは彼の横で、写しの器具番号をもう一度確認していた。
「戻る日も決まってないよ」
「分かってる」
答えながら、尽は少し顔を上げた。セレーネは責めるために言ったのではない。机の上の紙と、今ここにいる尽との距離を測るような声だった。
フィオナが写しをしまう間、ペペは試験に使った一瓶を小さな絵にして、残量の横へ印をつけた。ユーノは日付だけを写す。リゼッタは「鏡板の縁」と書き、尽はその下に短い疑問を一つ加えた。
衝突の日まで、そこに何が残っていたのか。
彼は筆を置き、まだ閉じていない試験簿の写しを見た。黒針を近づけた時の灯の明るさは、整った数字で並んでいる。最後の行には、実習室へ戻した時刻が書かれていた。




