第百五十二話 夜花には小さな灯を
日暮れの鐘が鳴ると、ミレイアは観察庭の入口で学生たちの灯りを一つずつ確かめた。
「覆いを半分まで下げて。明るいと虫がこちらへ来ます」
尽は手元の小さな灯籠に木の覆いをかぶせた。足元だけが淡く照らされる。庭の向こうでは、昼には閉じていた白い花が、葉の間にぽつぽつと開き始めていた。
夜間観察の課題は、花を訪れる蛾を数えること。花から花へ飛ぶ順も記録する。ただし、枝に触れたり、虫を捕まえたりはしない。
「いま、三匹いた!」
ペペが指さす。尽には白い羽が一度よぎったようにしか見えない。
「同じのが戻ってきたかも」
「三回見えたよ」
「三回と三匹は違う」
ユーノは観察紙に小さな丸を一つ書いた。ペペは自分の紙に三つ書きかけ、二つを指でこすって消す。紙の端が黒くなった。
ミオが枝の脇へしゃがんだ。羽音を聞くのが得意で、灯りの外側でも飛ぶ位置が分かるらしい。
「右の花から、左へ行った。同じ子だよ。片方の羽の端が欠けてる」
「顔まで見えないのに、羽は見えるの?」
ペペが尋ねる。
「飛ぶたびに形が違うもの」
ミオは自分の翼を広げかけて、狭い花壇の間だと気づいて畳んだ。隣にいたリュオが、その動きだけで一歩下がる。
尽たちは四人ずつ、花壇の両側に分かれた。リゼッタは花の位置を紙へ描き、ユーノが時刻を書く。尽は光を抑えた灯籠を持ち、セレーネは葉に隠れた花を探した。
「こっちにも一輪。まだ開ききってない」
セレーネが指す先には、紙を丸めたような白い蕾がある。皆が見ているうちに、外側の花弁がほんの少しゆるんだ。
「いま開いた?」
「あと十息くらいで、もっと見えるよ」
尽が数えていると、ペペが背後から覗き込む。
「五、六、七」
「どこから数えた?」
「尽の続き」
「僕、口に出してないよ」
「顔で分かった」
十息目を過ぎても、蕾は半分のままだった。二人で覗き込んだせいで、近くの蛾を追い払ったのかもしれない。セレーネは笑いながら、一歩下がるよう手で示す。
花から少し離れると、白い羽が一枚、暗がりから滑ってきた。羽の端は欠けていない。蛾は蕾の周りを一度回り、開いた隣の花へ止まった。
「これは二匹目」
ミオが小声で言う。ペペは観察紙へ新しい丸を書き、今度は消さなかった。
ナナの班では、灯籠の覆いが風で外れた。ぱっと明るくなり、庭の蛾が二、三匹、光の方へ向かう。ナナは慌てて両手で覆いを押さえたが、指先の水気で木が滑る。
「私が持つよ」
リュオが受け取り、灯籠を地面へ置いた。蛾が灯の周りを離れ、また花壇へ散るまで、皆しばらく待った。
「あれ、さっきの欠けた羽?」
ペペが尋ねる。ミオは暗がりを見つめてから、首を横に振った。
「今は見えない。戻ってきたら分かる」
見えないものまで数に入れないので、ペペは自分の紙を折らずに持ち続けた。
観察時間の終わり近く、尽の灯籠に一匹止まった。淡い茶色の羽を畳んだまま、木の覆いから動かない。尽が歩けば一緒に運んでしまう。
「どうしたらいい?」
「灯りを消して、少し待って」
セレーネに言われ、尽は火を落とした。暗くなると蛾は羽を開き、しばらく尽の指の上で迷ってから、花の方へ飛んでいった。
「飛んだ」
「君の灯、気に入ってたのかな」
ペペが覗く。尽の手には、羽から落ちた粉がほんの少し残っていた。
寮へ戻る前、ミレイアが観察紙を集めた。ペペの紙には丸が二つ。片方の横に、欠けた羽の形が大きく描いてある。リゼッタの紙は花の位置が正確だが、蛾の数は一つしかなかった。
「そっちからは、あまり見えなかった?」
尽が聞く。
「蕾の方を見ていたの。開くところを描こうとしたら、虫が通りすぎた」
彼女の紙には、同じ花が三つ、少しずつ開いた形で並んでいる。ミレイアはそれを見て、「この変化も大事」と頷いた。
帰りの渡り廊下で、ペペは欠けた羽の絵をミオに見せた。彼女は鉛筆を借り、欠けた場所を一か所だけ直す。
「右じゃなくて、左」
「暗いのに、よく覚えてるね」
「君は三回とも右を向いてたから」
ペペは紙と自分の肩を見比べた。尽が笑うと、彼もつられて笑い、直された羽を指で押さえながら寮の扉を開けた。




