第百五十一話 八つ目の梨は、まだ木にある
「一班、八つ。青い実は残してね」
ミレイアが籠を配ると、ペペはさっそく一番大きな梨を指した。
「あれで二つ分にできる?」
「数は増えません」
即答されても、ペペは枝を見上げたままだった。学院の果樹園には背の低い梨の木が十数本並び、朝の日を受けた実が葉の間から覗いている。土は前夜の雨をまだ含んでいた。
今日の授業は、寮の夕食に出す梨を摘むことだった。熟した実は柄を少し持ち上げると外れる。無理に引けば枝が傷み、落として打てばその日のうちに食べるしかない。ミレイアは手の中の梨を一つずつ見せ、学生たちを木の間へ散らした。
「風で落とせば早いのに」
ペペが小さく言う。
「落ちる時に傷がつくよ。試すなら、最後に自分で食べる分だけ」
セレーネは低い枝の実をそっと持ち上げた。柄は外れず、梨も動かない。
「これはまだ」
「色は黄色いのに?」
尽が見ると、日が当たる側だけよく色づいていた。セレーネは反対側を見せる。葉の陰にあった面は、硬そうな緑のままだ。
リゼッタとユーノは隣の木を担当した。リゼッタは採った実を籠へ置く前に、柄の跡を一つずつ確かめる。ユーノはその間に次の枝を見て、熟したものを先に指す。二人の籠には、すぐに四つ並んだ。
「そっちは速いな」
尽が言う。
「リゼッタが検査して、僕が選んでる」
「検査って言わないで。傷がないか見ているだけよ」
向こうではミオが梯子に乗り、上の枝を覗いていた。翼を少し広げて体の釣り合いを取るたび、足元でリュオが梯子を押さえ直す。
「羽で飛べば届くでしょう」
ペペが声をかける。
「枝の中で羽を広げたら、実が全部落ちるよ」
ミオは顔だけを覗かせて答えた。彼女の頭上では小鳥が一羽、つつきかけた梨を抱くように枝へ止まっている。
「その梨は鳥の朝食?」
「昨日から同じのを見てる。まだ食べてない」
リュオは梯子を押さえたまま笑った。小鳥は騒ぎを気にせず、実の陰へ頭を入れた。
ペペは別の木で大きな梨を見つけた。尽が制止する前に、両手で持ち上げる。柄がかすかに軋み、実は外れない。
「ほら、まだだよ」
「もう少し回せば」
「引っぱらないで」
セレーネが横から手を添えた時、ペペは慌てて力を抜いた。梨は枝に残り、柄の根元だけが少し曲がった。ミレイアが様子を見に来て、傷の有無を確かめる。
「折れていません。次は木の方を見てから触ってね」
「はい」
ペペは珍しく短く返事をした。
その後、彼は一番小さな梨を選んだ。柄を指一本で持ち上げると、すっと外れた。熟した匂いが手に残る。
「小さいのに、こっちは取れる」
「木の上では、大きさと熟れ具合が別なんだ」
セレーネは自分の籠を寄せ、彼の梨をそっと入れた。尽も二つ摘む。二つ目は簡単に外れたが、最初の一つには枝の皮が少し付いてきた。ミレイアに見せると、柄ではなく横の細い枝を持っていたと分かる。
「これは厨房へ先に渡します。今日食べるなら問題ありません」
尽はその実に小さな紐を結んだ。区別がつくようにしただけなのに、ペペが「特別な梨みたいだ」と言い、ほかの学生まで見に来る。
「普通の梨だよ」
「紐があると、一番おいしそうに見える」
ナナは匂いを嗅ごうとして、鼻先をくっつけた。水滴が梨に残り、リゼッタが布で拭く。ナナは手を拭いたばかりなのに、と不思議そうだった。
昼までに、尽たちの班は七つ採った。八つ目が見つからない。高い枝の実は色が足りず、低い枝には小鳥のつついた跡がある。ペペは朝に狙った大きな梨の下で足を止めた。
「あれは、やっぱり駄目?」
「来週なら取れるかもしれない」
セレーネが答える。ペペは枝を見上げ、籠の七つを数え直した。
「なら、今日は七つでいいか」
ミレイアにそう申告すると、彼女は少し驚いた顔をした。別の木から数を合わせてこようとは言わず、籠を受け取る。
「七つとも良い実です。夕食用には十分ですよ」
午後、厨房で梨を切る手伝いをした。尽が紐を結んだ一つは、その日の温かい焼き梨になり、食堂の大皿へ並ぶ。ペペは自分で摘んだ小さな実を探し、三切れ目でようやく見つけたと言い張った。どれも皮を剥かれていて、尽には違いが分からない。
食後、果樹園の前を通ると、大きな梨はまだ枝にあった。ペペは立ち止まり、落ちていないのを見届ける。
「来週、あれを取りに行く」
「先に柄を見てね」
「分かってる」
セレーネに返事をしながら、ペペは枝ではなく自分の両手を見た。今朝の匂いが残っているのか、片方の指先をもう一度嗅いでいた。




