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第百五十話 一瓶を受け取った手

授業中、ペペの胸ポケットから紙力士の頭が出ていた。


「しまって」


 リゼッタが小声で言う。


「しまってるよ」


「先生から顔が見える」


 ペペは人形を指で押し込んだ。押し込みすぎて紙の頭が曲がり、今度は直すのに机の下で手間取る。尽は前を向いたまま、笑うのをこらえた。


 昼の鐘が鳴ると、フィオナの使いが教室へ来た。エウリスから新しい写しが届いたという。ペペは紙力士をようやく鞄にしまい、尽たちと記録室へ向かった。


 封筒の中身は一頁だけだった。王立術具研究会の受領簿。風見塔の地下棚から貸し出された術式保護材一瓶について、研究会側が受け取った日付と署名がある。


 レオハルトの承認名が入った申請書とは、別の日付だった。翌朝だ。


「受け取ったのは、トビアス・レン」


 ユーノが署名欄を読んだ。肩書は研究会の備品係。横に小さな受領印が押され、瓶の管理番号も記されている。


「王子の名前じゃない」


 ペペが言う。尽は欄を見直した。手に持って塔から運び出した者の名まで、この一頁にはない。だが、研究会の受領簿に書かれた名前は確かに別人だった。


「申請を認めた人と、受け取った人が違うのは珍しくないわ」


 リゼッタは紙の上で二つの日付を指した。


「ただ、ここで一瓶が研究会の備品になった。そこから第七灯へ持っていくまでの記録が要る」


 フィオナは同封の短い手紙を開いた。エウリスによれば、受領簿の原本は学院の保管官が管理し、写しは立会いの下で作られたという。トビアスの当時の所属は確認できた。今どこで働いているかは、研究会に照会中だった。


「もし本人が話してくれるなら」


 尽が口にすると、フィオナは頷いた。


「瓶を誰から受け取り、その後どの棚へ置いたか。まずそこを聞きます。聞き取りはエウリス教授に任せ、学院の記録官が立ち会います」


「僕たちは会えない?」


「あなたたちが今ソラヴェインへ行く話にはなりません。王宮の手配も、まだ変わっていません」


 答えは早かった。尽も、それを覆せる紙がまだ机にないと分かっていた。


 セレーネが署名の下にある数字へ指を置く。


「こっちは瓶の番号。第七灯の番号とは別だね」


「別の物だからね」


「あとで混ざりそう」


 ペペは自分のノートを開き、瓶の番号の横に小さな丸瓶の絵を描いた。灯には四角い枠をつける。リゼッタが覗いて、絵を消さずに番号だけ正した。


 尽は一年前の二枚の写しを並べた。王子の承認名がある申請書。翌朝、トビアスの受領印が押された帳簿。どちらも、衝突があった日より前だ。王子があの朝、金色の鎖を放ったことは尽自身が見ている。けれど、この瓶を使った手が誰のものかは、まだ見えてこない。


「受領の後は、何日空いてるんですか。第七灯を試験用に指定した日まで」


 尽が尋ねる。


「今ある器具台帳には、試験期間の始まりだけが記されています。正確な作業日は、試験簿を待ちましょう」


 フィオナはそう答え、三枚の写しを順に封筒へ戻した。


 記録室を出ると、廊下でリュオが待っていた。小劇場の次の公演に使う看板を抱えている。


「ペペ、雲の肩を直したいんだ。工房の人が、針仕事なら寮でって」


「分かった。夕食の前にやる」


「針を使う時は綿を着ないでね」


 セレーネに言われ、ペペは大げさに頷いた。尽はその後ろを歩きながら、トビアスの名をもう一度ノートの端に書いた。食堂の曲がり角では、一年生たちが廊下の長机に紙力士を並べている。誰かが強く叩きすぎて、二体とも床へ飛んだ。


「あれ、ペペが教えたの?」


「僕より強く叩いてる」


 ペペが少し誇らしげに答えた。ユーノは落ちた人形を拾い、一年生の机の上へ戻してやる。鐘が鳴るまで、あと少しだった。

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