第百四十九話 机を叩くのは休み時間だけ
ペペが紙の人形を指で突くと、両方の足が内側へ折れた。
「弱い」
「叩く場所が違う。人形じゃなくて、机の端」
尽は折れた足を伸ばし、掌ほどの紙の人形を教卓の中央へ戻した。午前の講義で配られた練習紙の裏側だ。書き損じたものを捨てる前に、懐かしくなって折ってみた。
向かいへもう一体置く。頭と胴が一続きで、下には二本の幅広い足。子どものころ、雨で外に出られない日に教室で遊んだ紙相撲だった。
「手で触らずに倒すの?」
セレーネが近寄ってきた。
「机を指で叩く。揺れで前へ進むから、相手を倒すか、線の外へ出せば勝ち」
尽が机に丸い輪を描く。チョークを使うと後で消すのが大変なので、細い紐を一周置いて土俵にした。
最初の勝負は尽とペペだった。ペペは握りこぶしで机を叩き、二体とも横倒しにする。
「今のは引き分け」
「僕の方が先に相手を倒した」
「自分のも同時に倒れてる」
「少し遅かったよ」
見ていたユーノが首を振った。二体とも、ほとんど同じ時刻に宙へ浮いたという。ペペが次は指一本で叩くと、人形はぴくりとも動かなかった。
リゼッタは紙を一枚借り、自分で作った。足の幅を揃え、折り目を何度も爪で押す。尽の人形と並べて重さまで確かめている。
「そんなに真面目に作る遊びじゃないよ」
「あなたの人形は、右足だけ長い」
「だから動くんだ」
「それは偶然よ」
彼女の紙力士は、立たせると背筋が真っすぐだった。尽のものより少し小さい。けれど勝負が始まると、真っすぐな二本の足は机の振動をうまく受けず、その場で細かく震えるばかりだ。
尽の人形が斜めに近づく。リゼッタは机の縁を見つめ、指先で二度、同じ場所を叩いた。彼女の人形は急に向きを変え、尽のものの脇へ入る。次の一打で二体はもつれ、先に輪の外へ出たのは尽の方だった。
「できた」
リゼッタは声を低くしたが、口元が上がっている。
「もっと真面目に作るべきだった」
尽が言うと、ペペはさっき自分が潰した人形の足を直し始めた。
休み時間の教室へ、ミオとナナも入ってきた。ミオは翼でそっと机をあおぎ、紙力士を一歩進める。
「それは反則」
「まだ勝負は始まってないよ」
「始まったら羽は畳んでね」
彼女が翼を畳んでも、羽根の間を抜けた最後の風でペペの人形が倒れた。ペペは机を押さえ、風が止むまで待った。
ナナは一体を覗き込み、指を伸ばす。紙の足に水滴がつき、片側だけ濃い色になった。
「あ、ごめん」
尽は濡れた紙を持ち上げる。乾いた足は軽く、もう片方は机へくっついている。ナナは自分の手を見つめ、ミオの翼と交互に見る。
「私は参加できない?」
「紙を触る前に手を拭けば大丈夫」
ユーノが布を渡した。ナナは指を拭き、乾いた練習紙を一枚取る。自分で折った人形には、頭のところに小さな水色の点を描いた。
勝負の輪が二つに増えた。リュオも椅子を運び、教卓の横で一年生同士の対局を始める。尽は見本の折り方を教えていたはずが、途中から彼らに足の長さを尋ねられるようになった。
「長ければ強い?」
「長すぎると立ちにくいよ」
「何寸がいいの?」
「測ったことはないな」
リュオは定規を持ってきた。尽の子どものころの遊びが、いつの間にか寸法の研究になっている。隣ではリゼッタが、自分の人形の足を半分だけ折り直した。ペペは彼女の手元を見て、こっそり同じことをする。
セレーネは人形を作らず、尽の最初の一体を借りた。右足だけ長く、立ち姿が少し傾いている。
「それでいいの?」
「この子が一番よく歩く」
「子って呼ぶのか」
尽は向かいに、折り直した二体目を置いた。セレーネは最初の一打で人形を横へ跳ねさせた。紙の足が紐をまたぎ、ぎりぎり輪の内側に着地する。
「あぶない」
「でも残った」
彼女は次に机の角を軽く叩く。斜めの人形が急に尽の二体目へ向かい、肩同士が触れた。尽が押し返そうとすると、人形は相手の脇をすり抜ける。先に進んだのはセレーネの方だ。
「横から叩いた?」
「机の木目が、そっちへ走ってる」
セレーネは指で板の筋をなぞった。精霊学院の教卓は古い一枚板だ。端の少し欠けたところだけ、叩く音も違う。
その場所へ尽が指を移したところで、授業の鐘が鳴った。誰も勝敗を決められないまま、紐と人形を片づける。教室へ入ってきた教師は、教卓に残ったチョークの粉を見て首を傾げた。
「何をしていたんですか」
「紙の相撲です」
ペペが元気よく答える。教師は並んだ紙力士と、自分の机の端を見比べた。
「そうですか。授業中は叩かないでくださいね」
教師が背を向けると、セレーネは借りた人形を尽へ返した。尽は足の折れ目を直して筆箱にしまう。紙はすでに柔らかくなっていたが、右足だけは最初と同じ長さだった。




