第百四十八話 看板から靴を下ろす方法
次の公演までに、看板の釘を直すことになった。
リュオが持ってきた道具箱を工房の作業台へ置くと、ヴァルドは靴の踵についた輪を指で弾いた。曲がった金具が、頼りない音を立てる。
「これを引っかけておいて、幕の裏から外すのか」
「昨日は外れなくて、客席の子に場所を教えてもらった」
ペペが言う。なぜか雲の衣装まで抱えていた。リュオが持ち帰るつもりだったのに、道中で彼が「ついでに直せるところがある」と引き受けたらしい。
「子どもに教えてもらうのは、芝居としては悪くない」
ヴァルドは看板を横にした。
「でも毎回同じ場所で止まるなら、道具の負けだな」
彼は釘を抜き、作業台の上へ小さな留め金を二つ並べた。片方は指で押せば開く。もう片方には細い紐を通す穴がある。
「どっちも客席からは見えないよ」
リュオは舞台の見取り図を広げる。看板の高さはセレーネの頭より少し上で、幕の裏からは手が届く。ヴァルドはその図に、靴を持ち上げる役の立ち位置を書き足した。
ペペは紐付きの留め金を選び、看板の裏へ通した。手元で引けるから確実だと言う。リゼッタが試しに靴を掛け、セレーネが舞台上へ立ったつもりで台詞を読む。
「おや、あんなところに靴があるよ」
「見つけた!」
ペペが紐を引いた。靴は外れたが、引いた勢いで裏側へ跳ね、尽の胸へ当たった。
「見つけた後、消えたね」
尽が靴を受け取る。柔らかい布でできた道具だから痛くはない。ペペは紐の長さを半分にしたが、次は留め金が開かなかった。
「引く方向が違う」
ユーノは手を出さず、看板の裏に刻まれた溝を指した。
「下から引けば、金具ごと閉まる。横へ引くなら通る」
ペペが試すと、靴はリゼッタの手のひらへ落ちた。三度やっても同じ場所だ。リュオは台本の余白から「釘が外れない」と書いた行を消した。
「消さなくていいよ。失敗した時のために残しておけば」
ヴァルドはそう言い、紐を看板の裏で結んだ。
「次はペペ以外の人に引かせてみな」
「僕以外でもできるよ」
「だから試すんだ」
ミオが引くと、靴は手前へ出すぎた。セレーネは金具を開く前に看板を揺らし、靴を落としかける。最後に尽が横へ引き、リゼッタが靴を受け止めた。二人とも台詞の間に収まる速さだった。
「これなら本番で誰が欠けても大丈夫」
リュオは安心した顔をした。ペペだけが少し不満そうだ。自分が引く役を取られたと思ったらしい。
「雲の役は君しかいないよ」
「風邪を引いた人が戻ってくるかもしれない」
「戻っても、雲はペペに頼む」
リュオがはっきり言うと、ペペはすぐ機嫌を直した。衣装の肩を振り、綿が床に一つ落ちる。ヴァルドは拾った綿を渡すついでに、縫い目のほつれを示した。
「こっちは針仕事だ。工房の金具で留めると、また舞台に落ちるぞ」
昼休みが終わる前に、尽たちは道具箱を小劇場へ返した。リュオは看板を舞台裏のいつもの場所へ置き、ペペに衣装を預ける。セレーネがそれを見て笑った。
「今度は裏口を通れるよう、先に脱いでおいて」
「分かってるよ。三回もつかえない」
「二回まではいいんだ」
午後の授業が終わったころ、フィオナの使いが四人を訪ねてきた。エウリスから、申請中だった器具台帳の認証写しが届いたという。
記録室の机には一枚の紙があった。フィオナは長い前置きをせず、二つの番号へ印をつけて見せた。
「保護材の試験用に指定されたのは第七結晶灯。王子との衝突で壊れた灯も、第七です」
尽は写しを覗く。貸出申請の使途に書かれていた実習室の灯は、同じ番号だった。器具の交換記録にも、第七灯を別の部屋へ移した記載はない。
「あの灯に、保護材を塗ったの?」
ペペが聞く。
「試験用に指定されたことまでは分かります。塗布した日付や量は、試験簿にしか載りません」
フィオナが答えた。試験簿はまだ届いていない。王立術具研究会が一瓶を受け取った人の署名も、別の受領簿を待つことになる。
「灯が壊れた日の破片は?」
「ソラヴェイン学院で保全されています。こちらへ持ち出す話は出ていません。双方の立会いが整えば、現地で照合することになります」
リゼッタは第七灯の番号を控えた。ユーノは用紙の下端にある写しの発行日を見て、エウリスからの手紙と揃える。尽も数字をノートへ書いたが、王子の鎖が鏡板に当たった瞬間を思い出し、ペンを少し止めた。
「今分かったのは、台帳にある灯と壊れた灯の番号が同じってことだね」
「そうです」
フィオナは紙を折らずに封筒へ戻した。四人が寮へ帰るころには、廊下の窓から小劇場の看板が見えた。ペペが次の公演でも雲をやると決まったせいか、今日はいつもより足取りが軽い。尽は第七灯の番号を書いたノートを鞄の奥へしまい、道具箱を抱えたリュオに手を振った。




