第百四十三話 塔に残った三瓶の札
ソラヴェインからの封書は、四日後の朝に届いた。
その時、ペペは工房の札と研究生の札の間へ小さな布を挟んでいた。歩くたびに鳴る音を止めたいらしい。廊下で試しに跳ねてみると、今度は布が飛び出して尽の靴に貼りついた。
「音は止まった」
「布も止まってる」
尽が拾って渡したところへ、フィオナの使いの学生が来た。エウリス教授からの返書が届いたと聞き、ペペは布をポケットへ押し込む。四人は授業前に記録室へ向かった。
机には二通あった。一通は教授の私信。もう一通はソラヴェイン魔法学院が発行した、風見塔保管簿の認証写しだ。フィオナは原本の保管場所と写しを作った担当者を確認してから、四人へ回した。
「塔の三瓶は、いったん別の棚へ移されています」
リゼッタが一行目を読む。落雷で上の棚が傷み、封を切らずに地下の保管棚へ移した、とある。そこまでは三瓶のままだ。
次の頁は、一年ほど後の日付だった。
〈術式保護材 一瓶 王立術具研究会へ貸出〉
「王子が代表になった後ね」
彼女の声が低くなった。
申請書の写しには研究会印と、承認欄の名がある。レオハルト・ソラヴェイン。尽は文字を追い、実習室の床を走った金色の鎖を思い出した。
「王子が、これを借りた」
「申請書には、王子の承認名が書かれています」
フィオナは写しの端を指す。
「手に取った者の署名は別の受領簿です。まだ写しがありません。それに、ここにあるのは筆跡の鑑定結果ではありません」
尽はもう一度申請欄を見た。字は整っている。王子が自分で書いたものか、誰かが名を写したものか、この紙では判断できない。ただ、研究会の正式な書類として一瓶が塔を出た。
「使途は何と」
ユーノが尋ねる。
「実習室の結晶灯を、黒針の影響から守る試験、とあります」
ペペが顔を上げた。
「あの実習室の灯?」
「種類まで一致するかは、器具台帳を見てからよ」
リゼッタが言う。王子と争った朝、壁の結晶灯は鎖が鏡板へ跳ねて砕けた。あの灯と一年前の試験用の灯が同じものだとしたら、壊れた破片も調べる意味がある。
尽は自分が書きかけた考えを、口に出す前に止めた。同じ実習室の結晶灯が、一台だけとは限らない。
フィオナが教授の私信を開いた。エウリスは、学院内に保存された結晶灯の破片と、当日の床の鎖痕が今も保全されていると書いていた。受領簿と器具台帳を共同で見るよう、学院長へ申請中だという。
私信の最後には、少し筆圧の強い文字があった。
〈王宮の手配はまだ有効だ。こちらへ来るな。双方の立会いと身柄の保証が書面で整うまで、私も戻れとは言わない〉
尽はその行で目を止めた。王子を止めた朝、教授は「正しい説明をするために、生きて戻れ」と言った。いつ戻れるかは、教授にも決められない。
「教授が、塔の棚を一人で調べたわけではないんですね」
尽が聞く。
「学院の保管官と王宮の監査官が、帳簿の写しに立ち会っています。現物の二瓶は、現在も二者の封印がある棚の中。開封して数える日程は未定です」
フィオナが答えた。帳簿上は塔に二瓶残る。実際に二瓶あるかどうかは、まだ確かめられていない。
セレーネは尽の隣で、私信の端を押さえていた。
「前の九瓶と、この一瓶は、同じ日に動いていません」
「そうだね」
「北門から森へ行った荷も、まだ誰の手か分からない」
尽は頷いた。王子の名を見て胸が熱くなったが、二年前の九瓶へそのまま結びつければ、今まで皆で分けてきた日付を壊す。
リゼッタが返書用の紙を取り、三つの質問を書いた。受領簿の署名を確かめたい。器具台帳で結晶灯の番号を見たい。塔の残る二瓶を、立会いの下で現物確認したい。
「四つ目があるわ」
彼女はペンを尽へ渡した。
尽は少し考え、王子の実習室に残った鎖痕と灯の破片について、当日に記録した時刻を尋ねた。自分たちの証言と並べるためだ。
「これを王宮にも見せるんですか」
「学院から同じ写しを送ります。資料の扱いを後から変えられないように」
フィオナは四人の質問を読み、日付を入れた。
授業の鐘が鳴った。ペペが立ち上がると、胸の二枚の札がまたちりんと鳴る。布を挟み直そうとしたが、フィオナが先に封書をしまうのを見て、手を止めた。
「行こう。遅刻の言い訳にこの手紙は使えないよね」
「使わないでください」
フィオナに即座に返され、ペペは廊下へ逃げた。尽は私信の最後の行をもう一度だけ見てから、三人の後を追った。
その日の実習は、葉の薄い苗を風で揺らさず、隣の小さな鈴だけを鳴らすものだった。尽が風を送ると、鈴は静かなまま、苗の先が動く。もう一度試しても同じだ。
「そっちを見すぎ」
セレーネが鈴を指した。
「目は鈴に向けて、苗は端で見ていればいい」
尽が息を整えると、風は鈴の縁をかすめた。澄んだ音が一つ鳴る。苗は動かない。
「今の、授業の答えだよ」
セレーネが小さく言った。尽は頷き、次の鈴へ手を向ける。隣の台では、ペペが胸の二枚の札を押さえながら課題に挑み、自分の鈴より先に札を鳴らしていた。




