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第百四十話 十二瓶のうち、九瓶

閲覧室の戸を開けたところで、ペペの胸がちりんと鳴った。


 フィオナが顔を上げる。ペペは外来研究生の札と、昨日もらった工房研究会の札を両手で押さえた。


「今日は静かにします」


「札を外す必要はありません。椅子へ座ってから離してください」


 フィオナの机には、港の仲介商会から届いた封書があった。学院長の受領印を押したばかりらしく、朱色がまだ鮮やかだ。セレーネとミレイアも席についている。


「第六二号の控えについて、返答がありました」


 尽は椅子を引く手を止めた。北門検札所への照会は、まだ返事がない。先に港から届いたらしい。


 フィオナは封の中から二枚の紙を出した。一枚は商会の説明書、もう一枚は引渡し控えの認証写しだった。写しには商会の三本波線の印があり、その横に、原本から写した日付と時刻が並ぶ。


「風見塔へ預けた保護材は十二瓶。その翌朝、九瓶を北門検札所へ運んでいます」


 リゼッタが数字を書き留めた。


「残り三瓶は」


「塔に保管、とあります。ただし、その後どうなったかはこの控えに書かれていません」


 ペペは昨日の紙舟の図を出しかけ、やめた。代わりに小さな紙へ、十二から九を引く計算だけを書く。


「九瓶の受取人の名前は?」


「写しの表にはありません」


 フィオナは紙の下端を見せた。そこには〈受領署名は裏面〉と明記されている。商会が送ってきたのは表面だけだった。


「裏面を送らなかった理由は?」


 ユーノが聞いた。


「説明書には『古い写しのため裏面を確認中』とあります。原本が残っているなら、写しだけで答えず両面を確かめてもらいます」


 尽は北門の文字を見つめた。森の罠で拾った木箱にも、同じ三本波線があった。だが、二年前に北門へ運ばれた九瓶と、今の罠に使われたものを繋ぐ記録はまだない。


「北門まで運んだのは商会の人ですか」


「控えには運搬係の印だけあります。三本波線の下に、小さな丸が一つ。商会内の担当を示す印だそうです」


 セレーネはその丸を指で追った。


「谷の箱の印は、波線だけでした。丸の有無は、木箱の傷で見えなくなったのかもしれない」


「箱をもう一度見られますか」


 尽が尋ねる。


「保全しているのは森の警備隊です。こちらから照合を頼みます」


 フィオナは答えた。木箱も網も、四人の寮には置かれていない。森で見つかった時点でナディアたちが回収し、採取場所とともに封をしていた。


「九瓶を北門で誰が受け取ったか。三瓶が塔に残った後、誰が触れたか。いま分かれているのはそこね」


 リゼッタが紙を二つに分けて置いた。


「両方、王子が研究会の代表になる前の記録です」


 ユーノが日付を確認する。尽は頷いた。王子と対峙した夜のことは消えない。それでも、この運搬の命令者まで同じ人だと書く根拠はない。


 ミレイアが温室の古い貸出札を机に置く。二年前の借出品には、黒針の術式保護材とある。瓶の外観については、緑の封蝋を使うという短い規定だけだった。


「塔の三瓶がまだ残っていたら、封蝋を比べられる」


 ペペは言ってから、首を振った。


「二年も経ってる。残ってるとは限らないか」


「風見塔はソラヴェイン側の管理です。保管棚の記録も、学院を通して尋ねます」


 フィオナの返事に、尽はエウリス教授の顔を思い浮かべた。王宮の手配が生きている間、自分たちが直接塔へ戻るわけにはいかない。教授一人に棚を探させるのも違う。


「現物の確認が必要なら、立会いを頼んでください」


「そのつもりです」


 フィオナはソラヴェイン宛ての紙を取り、別の欄に塔の保管記録と記した。


「封蝋の色なら、森の箱にも残っていたかもしれません」


「警備隊に聞いてみます」


 フィオナは手元の照会書へ一行足した。


 昼休みが終わる鐘が、窓の外で鳴った。ペペの二枚の札も小さく鳴る。彼は慌てて胸を押さえたが、フィオナは書類から目を離さない。


「午後の授業へ行ってください。裏面の写しと、北門の受領帳を待ちます」


 廊下へ出ると、ペペはようやく息を吐いた。


「十二瓶あるなら、棚を作るのに何段いる?」


「保護材を棚に並べる話じゃないわよ」


 リゼッタが言う。


「分かってる。何かを数えてないと、署名の裏面が気になって」


 尽も同じだった。廊下の案内札が授業の教室を指すまで、一拍遅れて歩き出す。セレーネが横に並び、今日は札へ声をかけず、尽の袖を軽く引いた。


 午後の講義では、ユーノが配られた練習問題の裏までめくり、リゼッタに「そっちは白紙」と小声で笑われた。ペペは工房の札を外し、机の上に置く。ようやく、ちりんという音が止んだ。


 授業が終わると、尽は観察日誌へ二本の線を引いた。風見塔から北門へ九瓶。塔に残った三瓶。その先の空白は、今日の封書でも埋まらなかった。


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