第百三十一話 三十日目の札は、朝に返した
研修の最終日は、いつもと同じ温室当番から始まった。
ペペは水差しを持ち、ユーノは湿度札を読んでいる。リゼッタは葉の色を昨日の記録と比べ、尽は窓を開ける前に風向記録器の針を確かめた。
「昨日の植え替え、大丈夫そう」
セレーネが言う。
風苔は新しい鉢の縁まで葉を伸ばしていた。湿度札は淡い青のまま。尽が窓を少し開けると、葉先がゆっくり動く。
「朝の記録、終わり」
ペペが札へ時刻を書く。
「三十日分になった」
「抜けている日があります」
ユーノが言った。
「休校日です」
「休校日も、僕らは観察した」
「それなら、抜けていません」
ペペは少し勝ち誇った顔で帳面を閉じた。
一限の後、学院長室へ四人が呼ばれた。机には古い仮滞在札と、三十日間使った外来研修生の札を返すための小さな箱が置かれている。
「最終報告を読みました」
オルディアは一枚ずつ書類を重ねた。
「授業の出席、実習での記録、森道案内、成果展。四名とも研修を修了します」
ペペは胸を撫で下ろした。
「根の匂いの日誌も?」
「書き直したものを評価しました」
ミレイアが答える。
「よかった」
ペペは札を箱へ入れた。他の三人も続く。尽の札に刻まれた葉の紋は、長く持ち歩いたせいで縁が少し擦れていた。
「次の一月について、希望を聞きます」
オルディアが言った。
尽は昨日書き終えた申請書を差し出した。目的は、風見塔と森で見つかった荷札の照合。ソラヴェインへ戻る時は、学院と王宮の双方が資料を確認できる立会いを待つこと。
「ここに残って調べたいです。エウリス教授の証言も受理されました。でも、手配はまだ残っています」
尽は言った。
「戻る時に、僕たちの言葉だけを持っていくつもりはありません」
リゼッタは帳簿の写しを申請書へ添えた。
「港の商会から研究会名義で動いた物と、森に入った荷を突き合わせたい。使われた名前だけでは、誰の責任か決められないわ」
ユーノは古い貸出札の写しを出した。
「同好会の時代に使われた印と、その後の研究会印を、日付ごとに分けて調べます」
ペペの申請書には、風向記録器の改良と工房研究会への参加が書かれていた。
「調べる道具も直したい。あと、授業へも出ます」
「部活の申請は」
オルディアが尋ねる。
「ヴァルド先輩に聞いて、許可をもらいました」
ペペは得意そうに署名を見せた。
フィオナが四枚の申請書を受け取り、日付を確かめた。
「学院から王都へ送る報告は、ここに書かれた目的の範囲です。外来研究生の資格で、ソラヴェインの捜査へ直接関わることはできません。資料の照合結果を、正式な窓口へ渡します」
「分かりました」
尽は答えた。
オルディアは新しい札を四枚取り出した。以前の薄緑の札より厚く、葉の紋の下に「外来研究生」と刻まれている。
「一月の在籍を認めます。担当はフィオナとミレイア。授業には引き続き出ること。地下保管庫へは記録官の立会いが必要です」
四人は札を受け取った。
部屋を出ると、廊下にセレーネ、ミオ、ナナ、リュオ、エルナが並んでいた。ペペが新しい札を見せるより早く、ナナが手を叩く。
「魚の班、続く」
「風苔の班です」
ユーノが言った。
「どっちでもいいから、次の授業に遅れないで」
ミオは笑いながら階段を指した。
午前の授業は、昨日までと同じ植物術だった。ミレイアは新しい札を見ても特別な課題を出さず、風苔の鉢を一つ指す。
「植え替えの二日目。葉が開いた理由を考えなさい」
「鉢が広くなったから」
ペペが答える。
「それも一つです」
「水の量が合ったから」
リゼッタが言う。
「確かめるには?」
「昨日と今日の湿度札を比べます」
尽は日誌を開いた。
セレーネが隣で新しい鉢を支え、ユーノが葉の数を数える。ナナは札に描いた魚が、植え替えの間もなくならなかったことを確かめていた。
昼休み、サラナ寮監は四人の寮札を更新した。部屋はそのまま使える。ただし、新しい札を木へ見せる必要があるという。
「木へ?」
ペペが聞いた。
「枝が住人を覚えています。札が変わったら、あいさつを」
ペペは自分の部屋の扉の前で、外来研究生の札を掲げた。
「一月、よろしく」
扉の脇から、小さな枝が伸びた。枝先には、前に工具箱へ入っていたのと同じ形の葉が一枚ある。
「返事だ」
ペペが言う。
「葉です」
ユーノが答えた。
「返事の葉」
ペペは葉をちぎらず、扉の横に残した。
夕方、フィオナから次週の資料照合の予定が届いた。港の商会が仲介した貸出記録を、学院の原簿と照らす。開始は三日後。それまで四人は授業と温室当番を続ける。
尽は予定札を観察日誌へ挟んだ。
風苔の葉は新しい鉢で揺れている。明日の授業も、同じ時間に始まる。




