第百二十九話 学院市の買い出しは、予算より荷物が膨らんだ
成果展の翌日は、生活術の授業で学院市へ出かけた。
学院市は、校舎と寮の間にある小さな市場だ。週に一度、学生が手作りの道具や菓子、植物の種を並べる。教師のサラナは班ごとに硬貨の入った袋を渡し、課題を説明した。
「風苔の観察道具を買ってきなさい。予算は一班あたり銀貨三枚。品物の値段と、選んだ理由も記録すること」
「三枚で足りますか」
ペペが袋を受け取る。
「足りるように選ぶのが授業です」
リゼッタはすぐ紙へ予算を書いた。
「観察に必要なのは、湿度札、薄紙、鉢を運ぶ布。余裕があれば替えの針」
「おやつは」
「観察道具ではないわ」
「糖分は観察に必要だよ」
「自分のお金で買いなさい」
学院市には、木の机が並んでいた。植物科の生徒は乾燥葉と土の小袋を売り、工房研究会は金具や古い部品を並べている。食堂の生徒は焼き菓子を売っていた。
ペペは工房の机へまっすぐ向かった。
「替えの針はある?」
「あるよ。一本で銅貨四枚」
「二本なら」
「銅貨八枚」
「まとめ買いの値引きは」
「ない」
「商売が厳しい」
「工具箱を片付けない人には、貸し出しもない」
ヴァルドは笑いながら、ペペへ針を一本渡した。ペペは硬貨を払ってから、買った理由を記録紙へ書く。
ユーノは薄紙を見比べていた。薄い物ほど高く、厚い物は安い。資料保全会の補修で使った紙に似たものがあったが、値段が予算に合わない。
「これ、端が少し不揃いです」
彼は売り手のエルナに言った。
「自分で切り揃えるなら、安くします」
「切り落とした端も使えますか」
「小さな札なら」
ユーノはその紙を選んだ。値段を抑え、残った端も使える。
「いい買い方ね」
リゼッタが帳簿へ記す。
「紙の端は、後で札になります」
セレーネと尽は湿度札を探した。札は水を吸うと色が変わり、乾くと元へ戻る。二つの店で同じ品が売られていたが、片方は少し高く、色の変化が見やすい。
「安い方で数を買うか、高い方を一枚買うか」
尽は迷った。
「観察する鉢は一つです」
ユーノが言う。
「一枚で足りますね」
「予備はいらないの?」
「壊れた時の予備は、記録器の紙があります」
リゼッタは帳簿を閉じた。
「一枚にしましょう」
ミオとナナは、鉢を運ぶ布を見ていた。軽くて丈夫な布は値が張る。安い布は大きく、風に煽られやすそうだった。
「これなら二人で持てる」
ミオが言った。
「布を二人で持つの?」
「鉢を包んで運ぶ時」
「鉢は一人で持てるよ」
「歩く鉢なら?」
ナナは値札を見上げた。
「歩く鉢には、布が必要」
結局、二人は大きな布を買った。リゼッタは帳簿へ用途を書き、ペペは「鉢が歩く場合」と補足した。
買い物を終えた時、予算袋には銅貨が二枚残っていた。
「完璧に使い切らなかった」
リゼッタは満足そうだ。
「残ったお金も記録するんですか」
「もちろん」
その時、焼き菓子の机から甘い匂いが流れてきた。ペペの視線がそちらへ向く。
「自分のお金で買いなさい」
「まだ何も言ってない」
「顔に書いてある」
ペペは自分の小遣いを出し、木の実クッキーを一つ買った。売り子の低学年の子が、包み紙へ小さな花を描いてくれる。
「一個だけでいいの?」
「予算が」
「これは授業の予算じゃないよ」
「だから一個」
彼はクッキーを割り、半分をナナへ渡した。
「ありがとう」
「包み紙は捨てないで。記録に使えるかも」
「菓子の包み紙を?」
「表に花がある」
ペペは包み紙を観察札の裏へ挟んだ。
昼過ぎ、学院へ戻ると、サラナが買った物と帳簿を確認した。替え針、薄紙、湿度札、運搬用の布。記録には金額、売り手、選んだ理由が書かれている。残金は銅貨二枚。
「課題は合格です」
サラナは言った。
「残った硬貨を返します」
リゼッタが袋を差し出す。
「記録と一緒に保管しておきます。次の班が使います」
ペペは運搬用の布を広げた。
「鉢を包んでみる?」
「授業で使う時に」
ミレイアが温室の戸口から言った。
「今日は買い物の記録を清書して、観察日誌へ添えなさい」
尽は湿度札を風苔の鉢の横へ置いた。色はまだ変わらない。風向記録器は南の風を示している。
成果展の後、学院長から届いた外来研究生の申請書は、机の上に置いたままだった。
「まだ決めていないの?」
セレーネが聞く。
「残りの日を過ごしてから、考える」
尽は答えた。
リゼッタは帳簿を閉じ、ペペは包み紙を挟み直した。ユーノは申請書の期限を確かめ、三日後の日付へ小さな印を付ける。
「返事は、最終日までですね」
「そうです」
セレーネは風苔の葉を見た。
「それまでに、見ておきたい授業もあります」
尽は湿度札の色を記録した。
今日の札は、薄い灰色だった。




