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第百二十八話 成果展の風は、展示の順番を変えた

研修成果展の朝、看板は一度も裏返らなかった。


 ペペは中庭に着くなり、二本の紐を引いて確かめた。木枠は斜めに固定され、裏側にも「三十日間の外来研修」と書いてある。ナナの魚は両面に一匹ずついた。


「完璧」


「紐の結び目が一つ緩んでいます」


 ユーノが指摘した。


 ペペはすぐ結び直した。


「今度こそ完璧」


 成果展には、温室、資料保全会、工房研究会、森道案内部、夜市会計班がそれぞれ机を出していた。学生だけでなく、教師や学院の職員も見に来る。入り口では、セレーネが進行札を配り、ミオが樹上から展示の場所を案内していた。


「高いところから見ると、机の並びが魚みたい」


 ミオが言う。


「今日は魚が多いね」


 ナナは看板を見上げた。


 尽たちの展示は、手前から風苔、風向記録器、森道地図、資料の補修、義売の帳簿の順に並べた。風の観察から始まり、森での記録、資料の扱い、最後に学院の仲間と作ったものへ進む。


「順番を決めたのは誰?」


 リゼッタが聞く。


「皆で決めました」


 セレーネが答える。


「なら、責任も皆で持つわ」


 リゼッタは帳簿を机の中央へ置いた。


 最初の見学者は低学年の子どもたちだった。風苔の前に集まり、葉が開くのを待つ。尽は小さな風を送った。葉先が揺れ、青みのある緑が少しだけ広がる。


「魚みたい」


 子どもが言う。


「苔です」


 ユーノが答える。


「でも魚に見える」


 ナナが頷いた。


 ペペは風向記録器の使い方を説明した。強い風を当てると針がどこまで動くか、弱い風ならどのくらい線が残るか。彼は釘が飛んだ一度目の失敗も見せようとしたが、展示に持ってきたのは改良後の一号機だけだった。


「飛んだ釘は?」


 子どもが聞く。


「記録にはあります」


「釘も展示したい」


「持ってきてない」


「残念」


 リゼッタの帳簿には、義売の収支だけでなく、次に作る品の候補も記されている。ソフィとブラムが横で説明を助け、低学年の学生が寄付箱へ小さな硬貨を入れた。


「これは何に使うの」


「温室の鉢を運ぶ台の修理費です」


「鉢が歩くの?」


「歩く鉢もあります」


 ペペが口を挟む。


「でも、台は歩かないように直します」


 ソフィがすぐ補った。


 森道地図の前では、リュオが案内役をしていた。道標の位置、休憩場所、橋の迂回路を指で示す。靴を落とした場所には靴の絵を描かず、小さな注意印だけを付けてある。


「この印は何?」


 見学者が聞く。


「急がないで歩く場所です」


 リュオは答えた。


「靴をなくした人がいたの?」


「その話は、地図には書いていません」


 セレーネが笑いをこらえた。


 風が強まったのは、発表の十分前だった。


 中庭の枝が揺れ、紙の展示札が何枚か浮き上がる。尽たちはすぐ看板を押さえ、ミオが上から紐の張りを確かめた。風向記録器の針は南から東へ動いている。


「風の向きが変わった」


 尽が言う。


「看板は大丈夫」


 ペペは木枠を支えた。


 展示の順番札が一枚、風に乗って森道地図の前まで飛んだ。リュオが追いかけ、落ちる前に拾う。


「順番が変わった」


 ナナが言う。


「戻せばいい」


 ユーノは札を元の場所へ置いた。


 風はすぐに弱まり、針も中央へ戻った。尽は時刻と向きを記録紙へ書く。中庭の風は温室の記録とは別のものだ。比較する時は、場所を分けて考える。


 発表が始まると、四人は交代で説明した。


 リゼッタは帳簿を示し、活動に必要な費用をどう残すか話した。ペペは失敗した道具を直し、使う人の手に合わせて鈴を小さくしたことを説明する。ユーノは記録を推測で埋めない理由を話し、セレーネは森で道案内をする時、最後尾の人を確かめると説明した。


 尽は風苔と記録器の前に立った。


「風が吹いたという記録だけでは、何が起きたか分かりません。時刻、場所、窓の状態、葉の様子を一緒に書きます。別の場所で似た風が起きても、同じ原因だと決めないようにしています」


 教師たちは紙を見比べた。フィオナは記録の写しを確認し、地下保管庫に関する資料が展示へ混ざっていないことを確かめる。ローデンは風向記録器の線を見て、風の強さの目盛りがまだ粗いと指摘した。


「次は、どこを直しますか」


 ペペはすぐ答えた。


「針の戻り方を調整します。風が止んだ時、今は少し遅い」


「いいですね」


 ローデンは言った。


「次の記録も見せてください」


 発表の最後には、見学者から質問が続いた。風苔は夜にどうなるのか。森の地図は誰が直すのか。義売の寄付はいくら集まったのか。木の実粥は本当に鍋が歩いたのか。


「鍋の話は、実習の記録にあります」


 ユーノが答えると、聞いていた学生たちが笑った。


 成果展が終わる頃、学院長オルディアが四人を呼び止めた。


「展示を見ました。研修の記録も、各担当から受け取っています」


 彼女は四人の札を一枚ずつ確かめた。


「三十日の研修を修了した後、希望する者には外来研究生として、さらに一月の在籍を認めます。地下保管庫の調査協力も、記録官の立会いのもと続けられるでしょう」


「全員ですか」


 尽が聞いた。


「希望する者が対象です。正式な判断は、最終報告の後に出します」


 セレーネは静かに頷いた。


「返事は、研修の最終日に聞きます」


 オルディアは言った。


「それまで授業へ出て、記録を仕上げなさい」


 四人は礼を述べた。


 中庭の看板は、片付けの時まで裏返らなかった。ペペが紐をほどき、木枠を工房研究会へ返す。風苔の鉢は温室へ戻り、展示札と記録紙は資料室で受領印をもらった。


 尽は成果展の最後に吹いた風の線を日誌へ写した。


 紙の端には、ナナの魚が一匹描き足されていた。

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