第百二十七話 研修成果展の看板は、風で裏返った
三十日間の研修が残り一週間になった朝、学院長から成果展の予定が届いた。
外来研修生は、授業と実習で学んだことを小さな展示にまとめる。発表時間は一班につき十分。展示の材料は学院の備品を使い、借りた物は当日中に返却すること。
「十分で何を話すの」
ペペは紙を見た。
「風苔、風向記録器、森道、資料の補修、義売、木の実粥」
「詰め込みすぎです」
ユーノが言った。
「では、木の実粥は省く?」
「鍋が歩いた話は、説明に必要ありません」
「必要かどうかは、聞く人が決めるわ」
リゼッタはもう展示の会計表を書き始めていた。
成果展は学院の中庭で開かれる。研修生だけでなく、授業を受けた学生や部活動も参加してよい。尽たちは、これまで使った物を並べることにした。風苔の鉢、風向記録器、森道の地図、修復した記録の写し、義売の帳簿、それに葉のしおり。
「全部置くと、机が足りない」
セレーネが言った。
「樹上配達部に台を借りよう」
ミオが答える。
「高い場所へ置かないでね」
「見やすいよ」
「子どもが取れないでしょう」
「じゃあ、低い場所と高い場所の両方に」
ペペは成果展用の看板を作る役を引き受けた。工房研究会のヴァルドが、軽い木枠を貸してくれる。ユーノは展示する記録を選び、エルナが写しの端を整える。リュオは森道の地図を大きな紙へ描き直すことになった。
「迷った場所も描くの?」
尽が聞く。
「迷った場所は、道を知るために必要です」
リュオは地図へ小さな印を付けた。
「靴を落とした場所は」
「靴の絵は描かない」
「残念」
セレーネは風苔の説明文を短くした。風の向きと葉の開き方を記録すること。強い風を当てると葉が丸まること。室内の風と森の風では、条件が違うこと。
尽は風向記録器が記した線を大きな紙へ写した。温室で記録した線、授業中の線、森道での短い北東風。日時と場所は別々に書き、同じ現象だと決めつけない。
「線が少ないね」
ナナが覗き込む。
「記録できた分だけ」
「もっと描けば賑やかになるのに」
「それは記録じゃない」
ユーノは真面目に答えた。
準備が始まると、成果展の机はすぐ混雑した。義売会計班のソフィとブラムが、帳簿の置き場所を相談に来る。資料保全会は展示用の紙枠を持ってきた。樹上配達部は、看板を運ぶための紐を何本も置いていく。
「紐は一本でいい」
リゼッタが言う。
「一本だと、看板が回ります」
ミオは窓の外を指した。
「中庭は風が通るよ」
ペペは木枠へ看板をはめ、紐を二本結ぶ。風向記録器を近くへ置くと、針は南を指していた。
「今日は南から」
「なら、看板の上を留める」
尽は風の流れを見た。枝の間を抜ける風は、地面近くでは弱い。看板を低く置けば安定するが、展示品が見えにくくなる。
「台を少し後ろへ引いて、看板を斜めにする」
セレーネが提案した。
「風を受け流せます」
ミオが上から角度を確かめ、ペペが木枠を調整した。完成した看板には、大きく「三十日間の外来研修」と書かれている。その下へナナが魚の絵を描き足した。
「成果展の魚?」
「風苔の魚」
「苔です」
ユーノが言った。
成果展の練習発表では、リゼッタが最初に話した。義売の帳簿を見せ、どこに費用がかかり、何を次へ回したかを説明する。ペペは道具の失敗と改良を話し、飛んだ釘は一度だけだったと付け加えた。
「二十回は飛ばなかった」
「記録がないので、その数字は言いません」
ユーノが止める。
「じゃあ、何度も試した」
「それなら記録にあります」
発表は八分で終わった。残り二分で質問を受ける予定だが、ミオが「椅子が笛へ返事をした件」を話し始め、リュシア教師が一度咳払いをした。
「展示と関係がありますか」
「学院で学んだことです」
「椅子は学んでいません」
ユーノが言った。
準備の最後に、中庭で看板を試した。風が吹き、木枠が揺れる。二本の紐は持ちこたえたが、看板がくるりと裏返り、魚の絵が表へ出た。
「文字が見えない」
リゼッタが言った。
「魚は見える」
ナナが答える。
ペペは裏側にも文字を写し、どちらを向いても読めるようにした。
「これなら大丈夫」
看板はもう一度風を受けた。今度は回らず、斜めのまま止まる。
フィオナが準備の様子を見に来た。
「記録はどうですか」
「展示用の写しを作りました。元の資料は出しません」
ユーノが答える。
「風向の線も、場所と日付を分けました」
尽は紙を見せる。
フィオナは内容を確認し、頷いた。
「これなら成果展へ出せます。地下保管庫の資料は別の審査が必要です。展示には含めないでください」
「分かりました」
成果展前日の夜、四人は寮の小さな部屋に集まり、発表の順番を確認した。ペペの工具箱は床の上に置かれている。木の部屋は今夜、余分な小部屋を増やさなかった。
「部屋が増えない」
ペペは少し寂しそうだった。
「片付けて寝たからでしょう」
リゼッタが言う。
尽は風苔の葉を一枚ずつ確かめた。葉は閉じず、窓からの弱い風に揺れている。
「明日、うまく話せるかな」
セレーネが尋ねた。
「練習より、少し失敗すると思う」
「正直ですね」
「失敗したら、記録して次に直そう」
ペペは看板の紐を二重に結んでから、工具箱の蓋を閉めた。




