↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
125/219

第百二十五話 研修の中間報告は、失敗の数で長くなった

三十日間の外来研修が半分を過ぎた朝、尽たちは学院長室へ呼ばれた。


 オルディアの机には、四人分の出席記録、授業の評価、温室当番の報告書が積まれている。いちばん上には、ペペの日誌があった。赤い書き込みが他の三人より多い。


「これは、何ですか」


 ペペが尋ねる。


「書き直しの印です」


 ミレイアが答えた。


「間違いの印じゃないんですか」


「書き直せば、記録になります」


 フィオナが帳面をめくる。


「根っぽい、という表現は、誰にも伝わりません」


「もう直しました」


「ええ。今は『湿った土の匂いが強く、表面の色が濃い』と書けています」


 ペペは少しだけ胸を張った。


 今日の中間報告では、研修生一人ずつが学院で学んだことを一つ選び、同級生へ話す。王子事件や地下保管庫の調査だけではなく、授業、寮、社团活動で得た経験も含めるように言われた。


「調査の報告書とは別です」


 オルディアが念を押す。


「皆さんがここで何を学んだかを聞きます」


 尽たちは教室へ戻り、発表の準備を始めた。リゼッタは帳簿を閉じて、義売で学んだ費用の分け方をまとめる。ペペは風向記録器を机へ置き、針が飛ばなかった回数まで数え始めた。


「飛ばなかった回数も発表するの?」


 尽が聞く。


「飛ばなかったのは、改良の結果だから」


「何回?」


「飛んだのは一回。飛ばなかったのは、たぶん二十回くらい」


「たぶんでは記録にならない」


 ユーノが言う。


 彼は資料保全会で覚えた紙の補修を、実物の練習紙と一緒に説明することにした。破れた頁を急いで貼り合わせると、文字まで隠れる。薄紙を当て、糊を少しずつ伸ばし、乾くまで待つ。


「待つのが一番苦手そう」


 ナナが言った。


「今は待てます」


「本当?」


「紙魚がいなければ」


 セレーネは森道案内部で学んだ案内の仕方を話す。地図を知っている人が先へ行くのではなく、最後尾の人がついて来ているかを確かめること。リュオが靴を落とした日のことも、例にするつもりだった。


「靴の話は、していいの?」


 リュオが気にする。


「名前は出しません」


「僕、隠れても靴で分かりそう」


「靴紐を見れば分かるかもしれません」


 ミオが言った。


 尽は、風を記録することについて話すと決めた。温室の地下へ繋がる風向きを調べたことではなく、風苔を観察し、強さや向きと葉の動きを一緒に残す方法について。


「風だけ記録しても、その時に何が起きたかは分からない」


 彼は皆へ話した。


「葉が開いていたか、窓が閉まっていたか、何時だったか。一緒に書くと、後から比べられる」


 授業が始まり、発表の順番が来た。


 最初はリゼッタだった。義売の帳簿を見せ、材料費と寄付を分ける理由を説明する。


「最初は黒字を目指していたけれど、移動費の一部が出た時点で十分だった。次に何を作れるかが分かれば、帳簿の役目は果たせるわ」


 発表を終えると、ソフィが手を挙げた。


「次は、帳簿の書き方も教えてください」


「いいわ。数字を隠さないこと」


「はい」


 ペペは風向記録器を動かし、細い風を当てる。針は紙に線を引き、警告用の鈴は小さく鳴った。


「一号機は、鈴が大きすぎました。今は少し小さくして、強い風で針が飛ばないようにしました」


「釘は?」


 誰かが聞いた。


「飛びません」


 ペペは答えた。


「最初は飛んだんですか」


「一回だけ」


 教室に笑いが広がる。ペペも笑った。


 ユーノの発表では、資料保全会の学生たちが大きく頷いた。彼が紙の補修手順を説明し、エルナが補足する。


「破れた頁を直す時、内容を推測して埋めたくなることがあります」


 ユーノは言った。


「分からない部分は、分からないまま残します。後で元の資料を見つけた人が、確認できるように」


 フィオナは記録札へ丸を一つ付けた。


 セレーネの発表には、森道案内部の学生も参加した。彼女は地図を広げ、道の途中で立ち止まる場所、人数を数える地点、迷子が出た時の合図を書き込んだ。


「先に着いた人は、まだ案内を終えていません。全員が戻ったところで、道案内は終わります」


 リュオは靴紐を見た後、深く頷いた。


 尽の番になる。風苔と記録器を机へ置き、同じ風でも葉の反応が違うことを見せた。窓を閉めた時、橋の上に置いた時、朝露が残る時。条件を変えるたび、葉先の向きが変わる。


「昨日の観察記録を見せてください」


 ローデンが言った。


 尽は帳面を渡した。教師は数頁をめくり、時刻と風向が揃っていることを確かめる。


「この書き方なら、別の人も同じ条件で試せます」


 発表の後、同級生たちから質問が続いた。記録器は雨の日に使えるのか。風苔は夜にも動くのか。強い風を当てたらどうなるのか。


「まだ調べていないことは、これから試します」


 尽が答える。


「三十日間のうちに、どこまで分かるか記録します」


 昼休み、皆は食堂の窓際へ集まった。中間報告を終えた安心からか、ペペは木の実パンを二つ取っている。


「一つは僕の」


「もう一つは」


 リゼッタが聞く。


「これからお腹が空いた時の僕の」


「前と同じね」


 ナナはパンを半分に割り、風苔の鉢へ置こうとした。ユーノが止める前に、セレーネが皿を差し出す。


「植物にはあげません。ペペさんと分けましょう」


 ペペは少し考え、パンの半分をナナへ渡した。


 放課後、学院長室から結果が届いた。四人の研修は継続。授業の出席と記録の作成を続け、残りの日程で一度、学院外の森道案内にも参加すること。地下保管庫の調査については、記録官が別に日時を知らせる。


「まだ半分ありますね」


 尽は札を見た。


「授業も、観察も、これからです」


 セレーネが言った。


 ペペは風向記録器の紙を取り替えた。新しい紙は白く、まだ線が一本もない。


「今日は何も書かなくていい?」


「風が吹いたら」


 尽は窓を開けた。


 弱い風が入り、風苔の葉を一度揺らした。


 ペペは時刻を書き、針の向きを記録した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。