第百二十五話 研修の中間報告は、失敗の数で長くなった
三十日間の外来研修が半分を過ぎた朝、尽たちは学院長室へ呼ばれた。
オルディアの机には、四人分の出席記録、授業の評価、温室当番の報告書が積まれている。いちばん上には、ペペの日誌があった。赤い書き込みが他の三人より多い。
「これは、何ですか」
ペペが尋ねる。
「書き直しの印です」
ミレイアが答えた。
「間違いの印じゃないんですか」
「書き直せば、記録になります」
フィオナが帳面をめくる。
「根っぽい、という表現は、誰にも伝わりません」
「もう直しました」
「ええ。今は『湿った土の匂いが強く、表面の色が濃い』と書けています」
ペペは少しだけ胸を張った。
今日の中間報告では、研修生一人ずつが学院で学んだことを一つ選び、同級生へ話す。王子事件や地下保管庫の調査だけではなく、授業、寮、社团活動で得た経験も含めるように言われた。
「調査の報告書とは別です」
オルディアが念を押す。
「皆さんがここで何を学んだかを聞きます」
尽たちは教室へ戻り、発表の準備を始めた。リゼッタは帳簿を閉じて、義売で学んだ費用の分け方をまとめる。ペペは風向記録器を机へ置き、針が飛ばなかった回数まで数え始めた。
「飛ばなかった回数も発表するの?」
尽が聞く。
「飛ばなかったのは、改良の結果だから」
「何回?」
「飛んだのは一回。飛ばなかったのは、たぶん二十回くらい」
「たぶんでは記録にならない」
ユーノが言う。
彼は資料保全会で覚えた紙の補修を、実物の練習紙と一緒に説明することにした。破れた頁を急いで貼り合わせると、文字まで隠れる。薄紙を当て、糊を少しずつ伸ばし、乾くまで待つ。
「待つのが一番苦手そう」
ナナが言った。
「今は待てます」
「本当?」
「紙魚がいなければ」
セレーネは森道案内部で学んだ案内の仕方を話す。地図を知っている人が先へ行くのではなく、最後尾の人がついて来ているかを確かめること。リュオが靴を落とした日のことも、例にするつもりだった。
「靴の話は、していいの?」
リュオが気にする。
「名前は出しません」
「僕、隠れても靴で分かりそう」
「靴紐を見れば分かるかもしれません」
ミオが言った。
尽は、風を記録することについて話すと決めた。温室の地下へ繋がる風向きを調べたことではなく、風苔を観察し、強さや向きと葉の動きを一緒に残す方法について。
「風だけ記録しても、その時に何が起きたかは分からない」
彼は皆へ話した。
「葉が開いていたか、窓が閉まっていたか、何時だったか。一緒に書くと、後から比べられる」
授業が始まり、発表の順番が来た。
最初はリゼッタだった。義売の帳簿を見せ、材料費と寄付を分ける理由を説明する。
「最初は黒字を目指していたけれど、移動費の一部が出た時点で十分だった。次に何を作れるかが分かれば、帳簿の役目は果たせるわ」
発表を終えると、ソフィが手を挙げた。
「次は、帳簿の書き方も教えてください」
「いいわ。数字を隠さないこと」
「はい」
ペペは風向記録器を動かし、細い風を当てる。針は紙に線を引き、警告用の鈴は小さく鳴った。
「一号機は、鈴が大きすぎました。今は少し小さくして、強い風で針が飛ばないようにしました」
「釘は?」
誰かが聞いた。
「飛びません」
ペペは答えた。
「最初は飛んだんですか」
「一回だけ」
教室に笑いが広がる。ペペも笑った。
ユーノの発表では、資料保全会の学生たちが大きく頷いた。彼が紙の補修手順を説明し、エルナが補足する。
「破れた頁を直す時、内容を推測して埋めたくなることがあります」
ユーノは言った。
「分からない部分は、分からないまま残します。後で元の資料を見つけた人が、確認できるように」
フィオナは記録札へ丸を一つ付けた。
セレーネの発表には、森道案内部の学生も参加した。彼女は地図を広げ、道の途中で立ち止まる場所、人数を数える地点、迷子が出た時の合図を書き込んだ。
「先に着いた人は、まだ案内を終えていません。全員が戻ったところで、道案内は終わります」
リュオは靴紐を見た後、深く頷いた。
尽の番になる。風苔と記録器を机へ置き、同じ風でも葉の反応が違うことを見せた。窓を閉めた時、橋の上に置いた時、朝露が残る時。条件を変えるたび、葉先の向きが変わる。
「昨日の観察記録を見せてください」
ローデンが言った。
尽は帳面を渡した。教師は数頁をめくり、時刻と風向が揃っていることを確かめる。
「この書き方なら、別の人も同じ条件で試せます」
発表の後、同級生たちから質問が続いた。記録器は雨の日に使えるのか。風苔は夜にも動くのか。強い風を当てたらどうなるのか。
「まだ調べていないことは、これから試します」
尽が答える。
「三十日間のうちに、どこまで分かるか記録します」
昼休み、皆は食堂の窓際へ集まった。中間報告を終えた安心からか、ペペは木の実パンを二つ取っている。
「一つは僕の」
「もう一つは」
リゼッタが聞く。
「これからお腹が空いた時の僕の」
「前と同じね」
ナナはパンを半分に割り、風苔の鉢へ置こうとした。ユーノが止める前に、セレーネが皿を差し出す。
「植物にはあげません。ペペさんと分けましょう」
ペペは少し考え、パンの半分をナナへ渡した。
放課後、学院長室から結果が届いた。四人の研修は継続。授業の出席と記録の作成を続け、残りの日程で一度、学院外の森道案内にも参加すること。地下保管庫の調査については、記録官が別に日時を知らせる。
「まだ半分ありますね」
尽は札を見た。
「授業も、観察も、これからです」
セレーネが言った。
ペペは風向記録器の紙を取り替えた。新しい紙は白く、まだ線が一本もない。
「今日は何も書かなくていい?」
「風が吹いたら」
尽は窓を開けた。
弱い風が入り、風苔の葉を一度揺らした。
ペペは時刻を書き、針の向きを記録した。




