第百二十四話 風便りは、授業の終わりに届いた
風便りの実習は、手紙を遠くへ飛ばす授業ではなかった。
教師のローデンは、羽根と薄紙を机へ並べ、宛先まで届く風の道を作る課題を出した。紙には短い文を一つだけ書く。強い風で飛ばせば、途中で枝に引っかかる。弱すぎれば、教室の床へ落ちる。
「飛ばす前に、宛先の場所を確かめなさい」
ローデンは言った。
「受け取る人がいない場所へ届いても、手紙にはなりません」
ペペは紙へ書いた。
〈工具箱は今度から片付ける〉
「誰に送るの」
尽が聞く。
「寮の木」
「木は手紙を読むの?」
「読んでいるかもしれない」
ペペは寮の窓を宛先に書いた。
リゼッタは「帳簿の返却期限を守る」と書き、夜市会計班の部室へ送る。ユーノは資料保全会のエルナへ、「補修した頁の写しを受け取りました」と書いた。セレーネは森道案内部へ、次の案内実習の時間を尋ねる。
尽は紙を前にして、しばらく筆を動かせなかった。
ソラヴェインの学院へ手紙を出すこともできる。正式な返書はエルシリンから送られている。けれど、自分の言葉で教授や仲間へ尋ねたいことは多かった。
「風に乗せるのは、短い文です」
ローデンが机のそばへ来た。
「全部書かなくてもいい」
尽は一行だけ記した。
〈教授と研究会の皆さんは、無事ですか〉
宛先はエウリス教授。紙を折り、羽根の根元へ結ぶ。風を起こす前に、尽は窓の外を確かめた。学院の枝が東へ伸び、その先に資料室の屋根が見える。風は南から吹いている。
「まず一度、小さく」
ローデンが言う。
尽は掌を傾けた。羽根は窓枠を越え、枝の間を抜ける。強く押さず、枝が開く瞬間に紙を少しだけ持ち上げる。羽根はゆっくり東へ流れ、連絡用の風路へ入った。
「届くかな」
ペペが聞く。
「風路へ入れば、学院の外へ出る前に配達係が受け取ります」
ローデンが説明した。
「手紙は勝手に国境を越えません」
「木の枝から出たら、そのままソラヴェインへ行くのかと思った」
「そんな風はありません」
ユーノは記録紙へ、風の強さと羽根の移動時間を書いた。
午後の授業が終わる頃、樹上配達部のミオが教室へ飛び込んできた。
「尽、手紙」
彼女が差し出したのは、ソラヴェイン魔法学院の封蝋が付いた封筒だった。
「もう返事が来たの?」
「風路の配達係が持ってきた。国境越えの便に乗せる前に、学院間の連絡箱へ届いたんだって」
封筒は二重になっていた。外側にはエルシリン学院の受領印。内側には、見慣れたエウリス教授の筆跡がある。
尽はすぐには開けず、フィオナのところへ持っていった。封蝋と受領記録を確認してもらい、皆の前で封を切る。
教授の手紙は短かった。
実習室で起きた件について、学院長と監査役へ証言を提出したこと。研究会の部員たちは授業へ戻り、今のところ追加の処分を受けていないこと。レオハルト王子は公の場へ出ていないが、調査は王宮と学院の双方で続いていること。
最後に、こう書かれていた。
〈今は戻るな。証言を受け付ける窓口と、戻る時期をこちらで整える。君たちは森で見つけた記録を守ってくれ〉
尽は、その一文をもう一度読んだ。
「皆は無事なんだね」
ペペが聞いた。
「今のところは」
尽は手紙を折り直した。
リゼッタは窓の外を見た。
「王子の件は、終わっていない」
「分かってる」
尽は答えた。
「でも、戻る道は作ってもらえる」
セレーネは何も言わず、手紙の受領札をフィオナへ渡した。フィオナは日付を書き、記録箱へ収める。
「返事を書くなら、明日までに。学院間の便は週に二度です」
「一行でもいいですか」
「一行でも、届ける先が分かれば」
尽は新しい紙を受け取った。
授業の終わりを知らせる鐘が鳴る。ペペの手紙は、寮の枝へ戻ってきたらしい。窓の外では、風に揺れた小さな封筒が一つ、風向記録器の前を通り過ぎていった。
ペペは立ち上がる。
「木が返事したか見てくる」
「走らないで」
ユーノが言う。
「歩いて見に行く」
尽は教授への返事に、短く書いた。
〈承知しました。皆が無事と聞けて安心しました〉
彼は紙を風路へ渡した。




