第百二十三話 昼休みの舞台では、観客も道を探した
表現術の授業で作った短い物語は、翌週の昼休みに小さな舞台へかけることになった。
観客は低学年の学生と、食堂へ来た希望者。場所は中庭の木陰で、使える道具は布一枚と木箱一つ。リュシアは、台詞を覚えるより相手を見るようにと、何度も繰り返した。
「今日は椅子を出さないでください」
尽が言うと、ペペは舞台の端を見た。
「椅子は出る気がある」
「椅子に役はありません」
ユーノが答えた。
リュオは舞台の手前で、靴紐を二重に結んでいる。前回の稽古では道に迷う役だったが、今日は観客にも分かるよう、札の読み方を見せることになった。
「緊張してる?」
セレーネが尋ねる。
「少し」
「靴は結べてる?」
「三回確かめた」
「なら大丈夫」
セレーネはそう言ったが、自分も進行用の笛を握り直していた。
昼の鐘が鳴り、学生たちが中庭へ集まった。ミオは枝の上へ上がり、舞台の飾り布が風でめくれないよう紐を結ぶ。ナナは青い火を小さく灯し、木箱の奥へ置いた。
「森の光」
「布が焦げない距離で」
ミレイアが念を押す。
「ちゃんと離してる」
ナナは一歩下がった。
エルナが語り手として前へ出る。彼女は普段、資料保全会で静かに本を扱っている。人前で声を張るのは得意ではないはずだ。それでも、最初の一文は中庭の端までよく通った。
「ある朝、森を通る商人が、大切な箱をなくしました」
ペペが商人役で現れ、木箱を探して左右を見回す。
「箱には工具が入っていました。なくなると困ります」
「どんな工具ですか」
ユーノの記録係が尋ねる。
「直すための工具です」
「何を直すの」
「なくした箱を探す道具」
観客の子どもたちが笑った。
物語は順調に進んだ。リュオが道標を読み、セレーネの案内人が森の道を教える。尽の学生役は足跡を見つけ、リゼッタの王女が皆へ役目を割り振った。ミオの鳥は枝から道を見渡し、ナナの風の精が木の葉を揺らして箱の場所を知らせる。
その時、木箱の中から小さな音がした。
舞台の外にいた尽たちも、観客も一斉にそちらを見る。
箱が、少しだけ動いた。
「あれ、台本にあった?」
リゼッタが小声で尋ねる。
「ない」
ユーノが答える。
ペペは台詞を止めず、箱から一歩離れた。
「箱が見つかりました。でも、勝手に開けてはいけません」
観客の一人が手を挙げた。
「どうして?」
ペペは一瞬だけ困った顔をした。台本には、箱を見つけて終わるとしか書いていない。
「持ち主の物だからです」
リュオがすぐに答えた。
「持ち主が戻るまで、みんなで見張ります」
観客たちは頷いた。
舞台袖でミレイアが木箱へ近づき、布越しに底を確かめた。箱の脚が舞台の板へ引っかかり、木が鳴っただけだった。危険はないと分かると、彼女は小さく合図を送った。
エルナは語りを続ける。
「商人は、箱を見つけた学生たちにお礼を言いました」
「ありがとう」
ペペは観客へ頭を下げる。
「でも、箱の中身は数えませんでした。持ち主が自分で確かめるからです」
リゼッタが王女役で頷いた。
「その通りです」
最後に全員で、森の出口を示す。物語は拍手で終わった。
幕の代わりに布を下ろすと、低学年の学生が何人も舞台へ集まってきた。
「道標を読む役をやりたい」
「鳥の役がいい」
「箱は動くの?」
「あれは床が鳴っただけです」
ユーノが説明した。
「でも、箱が動いた時、面白かった」
小さな子が言う。
「次は本当に動く箱を作って」
ペペは工房研究会の見学札を出しかけた。リゼッタがその手を押さえる。
「舞台の片付けが先」
全員で布を畳み、木箱を倉庫へ戻した。ミオは枝から飾り紐を外し、ナナは火を消す。セレーネは笛を返却し、エルナは台本を折れないよう紙袋へ入れた。
昼休みが終わる頃、リュシアが短い感想を聞いた。
「台詞を忘れた人は」
ペペが手を挙げた。
「台詞がなくても、話は続きました」
「それはよい発見です」
リュシアは言う。
「相手が何をしているか見れば、次の言葉が見つかることがあります」
リュオは靴紐を確かめ、今度は一度だけ結び目を触った。
「今日は一回で大丈夫だった」
「舞台に出る前は三回見たでしょう」
尽が言う。
「出る前に確かめたから」
リュオは笑った。
午後、尽たちは記録室へ台本と舞台の配置図を届けた。木箱の音は記録に残す必要がないとミレイアが判断したが、床板のゆるみは修理係へ伝えた。
「何でも書けばいいわけではないんですね」
ユーノが聞く。
「後から確かめる必要があることを書きます」
フィオナは配置図を受け取った。
「舞台で箱が動いた理由は、先生が確認しました。床板も修理へ回した。これで記録は閉じます」
夕方、風苔の鉢は中庭から温室へ戻された。葉は一日中、人の声と拍手を聞いていたせいか、少しだけ外側へ開いている。
尽は観察日誌へ、舞台の時刻と風の向きを記した。
鉢の横には、リュオの書いたしおりが挟まっていた。
〈ゆっくり歩く〉




