第百二十二話 朗読劇の台詞は、椅子が一番よく覚えた
風苔の葉を乾燥棚へ預けた午後、尽たちは表現術の授業へ向かった。
教室には長い布と木の仮面、古い椅子が並べられていた。教師のリュシアは黒板へ短く書く。
〈三人以上で短い物語を演じる〉
「朗読だけでもいいですか」
ユーノが聞く。
「動いてもいいし、声だけでもいい。今日の目的は、相手へ意味を届けることです」
ペペは古い椅子を見た。
「椅子も出るの?」
「道具です」
「でも、あの椅子、前に笛へ返事をした」
リュシアは椅子を一度確かめ、床へ置き直した。
「今日は台詞を言わせません」
班は小競技会と同じ顔ぶれになった。尽、リゼッタ、ペペ、ユーノ、セレーネ、ミオ、ナナ、リュオ、エルナの九人。物語は自由に選べるが、全員が一度は声か動きで参加すること。
「森の迷子を案内する話はどう?」
セレーネが言った。
リュオが靴紐を確かめる。
「迷子は靴を落とす?」
「落としません」
尽が答えた。
「じゃあ、靴を探す話」
「それだと、この前の実習と同じね」
リゼッタは布を手に取り、肩へ掛けた。
「王女と騎士と、道に迷った商人。商人がなくした荷物を、森の動物たちが探すの」
「王女役はセレーネ?」
ミオが聞く。
「演じる人は、本人と違ってもいいでしょう」
セレーネはそう言い、リゼッタへ布を渡した。
「では、リゼッタさんが王女です」
「どうして私なの」
「立ち方が王女らしいから」
「よく見ているわね」
リゼッタはすぐに布を羽織った。
配役はすぐ決まった。リゼッタが王女、セレーネが森の案内人、尽とユーノが騎士と記録係、ミオとナナが鳥と風の精、ペペが荷物をなくした商人、リュオが迷子の子ども、エルナが物語の語り手をする。
「商人は、どうして荷物をなくしたの?」
ユーノが尋ねる。
「急いでいたから」
ペペが答えた。
「何を運んでいたの」
「工具」
「なくしたのに、工具を持ってるの?」
「予備」
「商人の荷物、どれくらいあるの」
「たくさん」
エルナは台本の紙へ短く書いた。
「商人は道具箱を三つ持っていました」
「三つも?」
ミオが聞く。
「多い方がなくしやすい」
ペペは納得した。
練習が始まると、リゼッタは台詞を覚えるのが早かった。王女として布を翻し、失くし物を探すよう命じる。セレーネは森の案内人として、道の札を見てから歩くよう諭す。
尽は騎士の役で剣を抜く場面があった。木の仮面をつけると、視界が狭い。
「その剣、抜かない方がいい」
セレーネが言う。
「台本には抜くと書いてある」
「荷物を探す話です」
「剣で探すの?」
尽は台本を確認した。確かに、剣を抜く必要はなかった。彼は剣を鞘へ戻し、荷物を探すために地面を調べることにした。
「台詞を変えてもいいんですか」
「物語が通じるなら」
リュシアが答えた。
ナナは風の精を演じるため、青い火を指先で回した。火は布の端へ近づき、ミレイアが用意した水皿の上で止められる。
「火は小さく」
「物語の風は燃えない」
「演じている人の火は燃えます」
ナナは頷き、青い火を消した。
ミオは鳥の役として、枝から枝へ飛び移る。教室の端まで飛んで戻るたび、語り手のエルナが次の台詞を待つことになった。
「鳥は、そんなに速く飛びません」
エルナが台本を見た。
「速いよ」
「物語の中では、ゆっくり飛びます」
「どうして」
「語り手が追いつけないから」
ミオは少し考えて、次からはゆっくり飛ぶことにした。
最初の通し稽古では、ペペが商人の荷物を三つもなくし、リュオが迷子の役なのに道案内を始め、リゼッタの王女が最後に全員へ帳簿を配った。
「荷物の数を記録するの」
リゼッタは言う。
「なくした数も?」
「当然よ」
「物語の終わりが帳簿になった」
ユーノが言った。
「それでは困りますか」
「少し」
二度目の稽古では、エルナが語りを短くし、ペペの荷物を一つにした。リュオは迷子のまま、看板を見て道を探す役になる。尽は仮面を外し、騎士ではなく、足跡を読む学生として舞台に立つ。
台詞は一つずつ減った。かわりに、誰が何を見て動いたかが分かりやすくなる。
「物語は、急いで終わらせなくていい」
セレーネが言った。
「道を見つけるところも、見せたいです」
リュシアは頷いた。
「では、最後に全員で道を示しましょう」
発表の時間になった。
九人は、布を森に見立てて並べた。エルナが語り、ペペの商人が道の途中で荷物をなくす。リュオが看板の文字を読み、セレーネが森の道順を教える。ミオとナナは風と鳥の動きで、荷物のありかを示した。
尽は地面に残った小さな跡を見つけ、最後の箱を木の根元から取り出す。リゼッタの王女は箱の中身を数えようとして、ペペに止められた。
「これは僕の荷物です」
「持ち主に返すだけよ」
「数えない?」
「後で帳簿につけるわ」
教室から笑いが起きた。
その時、舞台の端に置かれた古い椅子が、きいと鳴った。
全員が一瞬止まる。
エルナは台本を閉じず、すぐに続けた。
「森の奥で、古い木が道を教えました」
ミオが椅子を見て、鳥の役で一度だけ羽を広げる。
椅子はもう鳴かなかった。
物語は無事に終わった。拍手の後、ペペは椅子のところへ行き、脚を調べた。
「床が少し傾いてる」
「台詞を覚えたわけではなさそうね」
リゼッタが言った。
「でも、いいところで鳴いた」
ナナは椅子の背に青い小さな魚を描こうとした。
「描かない」
ユーノが止めた。
帰り道、尽は乾燥棚の葉を受け取りに行った。風苔の葉は薄く乾き、葉脈が細い道のように浮かんでいる。
彼は名前を書かず、今日の授業で聞いた台詞を一つだけ裏へ記した。
〈道は、みんなで見つけた〉




