第百十九話 木箱の中身は、先生たちが先に確かめた
小さな木箱を預けた翌朝、フィオナから知らせが届いた。
箱は記録官と温室管理室の立会いで開ける。研修生は授業へ出て、確認が済むまで待つこと。知らせには短くそう書かれていた。
「中に何が入っているか、気になる?」
セレーネが尋ねた。
「気になる」
尽は答えた。
「でも、僕たちが開ける理由にはならない」
ペペは木箱を拾った場所の図を描き足していた。温室の壁から何歩離れていたか、落ち葉の深さ、箱の向きまで記録してある。
「昨日のうちに書いてよかった」
「何か変わった?」
「朝、見に行ったら落ち葉が動いていた。風か、誰かが通ったのか分からない」
ユーノは記録へ時刻を書き加えた。
「今朝の記録は、昨日の記録と分けておきます」
午前は薬草の乾燥実習だった。ミレイアは温室で採れた葉を網へ広げ、風を当てる時間を班ごとに測らせる。乾燥させすぎれば香りが飛び、湿り気を残せば保存中に傷む。
「今日は風苔の記録器も使ってください」
教師はペペの作った一号機を作業台へ置いた。
「羽根を回す風と、葉を乾かす風は別です。測定値をそのまま答えにしないこと」
ペペは嬉しそうに頷く。
「分かりました」
彼は風向記録器を網の横へ置いた。針は西を指している。尽が手をかざすと、上の通気窓から風が下りてきて、乾燥網の端をわずかに揺らした。
「強すぎる」
リゼッタが言う。
「少し弱める」
尽は空気の流れを網の上へ逸らした。セレーネは葉の色を見て、ミオは高い棚の風を翼で確かめる。ナナは乾燥前の葉を一枚、青い光へかざした。
「これ、いい匂い」
「まだ乾かしていない葉です」
ユーノは記録表を見たまま言う。
「だからいい匂いなの」
ナナは葉を戻した。
ペペの計測は順調だった。記録器の線は西へ伸び、風が弱まると中央へ戻る。ところが三枚目の葉を網へ移した時、風が一度だけ逆向きに流れた。針が北東へ跳ね、鈴が小さく鳴る。
尽はすぐに記録紙へ時刻を書いた。
「また北東」
リゼッタが窓を見上げる。
「窓は閉じています」
ユーノが記録する。
ミレイアは網から葉を取り、乾燥状態を確かめた。
「ここから先は私が見ます。皆さんは道具に触れないで、今の時刻と風向を記録してください」
ペペは頷き、記録器を動かさずに紙を外した。
授業の後、ミレイアはその記録をフィオナへ渡した。尽たちは箱の返事を待つ間も、薬草の束を棚へ運び、観察表を仕上げた。
昼休み、セレーネが温室の入口で皆を待っていた。
「箱の確認が終わったそうです」
彼女の手には封印札が一枚あった。
「中身は、古い種子の殻と乾いた土。危険な術式や薬品は見つかりませんでした」
「それなら、普通の箱?」
ペペが聞く。
「箱の内側に、古い管理番号がありました。温室の備品番号です」
ユーノはすぐ帳面を開いた。
「記録室で照合できますか」
「はい。今日の午後、フィオナさんが確認するそうです。箱そのものは、温室管理室で保管します」
尽は少し肩の力を抜いた。危険なものがなかったのはよかった。けれど箱がどうして落ち葉の下にあったのかは、別に調べる必要がある。
「拾得札は役に立ちましたか」
「場所と時刻が分かったので、温室の配置図と比べられます」
セレーネは答えた。
「それ以上は、フィオナさんたちの確認を待ちます」
昼食の後、ペペは工房研究会へ寄り、風向記録器の鈴を少し小さくした。前の音は授業中に響きすぎる。リゼッタは会計班の帳面を手伝い、ユーノは資料保全会で古い備品目録の写しを探した。
尽はセレーネと温室へ戻り、乾燥網に並んだ葉を確かめた。
「この葉、少し丸まっています」
「風が強かったところですね」
「次は網の位置を変えた方がいい」
二人は記録表へ短く書いた。授業の終わりに、ミレイアが葉を一枚ずつ紙袋へ分け、名前と日付を付ける。
夕方、フィオナから箱の目録が届いた。古い管理番号は、十年以上前に使われていた温室備品の番号と一致する。最後に記録された用途は「土壌調整用の種子保管」だった。
持ち出した者の名前はない。
尽は目録を閉じた。
「分かったことだけ、書いておこう」
「箱は温室の備品だった」
ユーノが言う。
「中身は古い種子の殻と土。持ち出した人は不明」
リゼッタは帳面へ三つの項目を書いた。
「それで十分よ」
窓辺の風苔が、夕方の風へ葉を向けている。風向記録器の鈴は鳴らなかった。
ペペは新しい鈴を指で軽く弾き、音が小さくなったことを確かめた。
「明日は鳴るかな」
「鳴らなくていい」
尽は答えた。
「鳴ったら、その時に書けばいい」




