第百十八話 校内の落とし物は、持ち主より先に集まった
温室公開日の翌朝、寮の掲示板に大きな紙が貼られていた。
〈落とし物を探す実習〉
その下には、手袋、片方だけの靴、書きかけの帳面、木の実飴の包み紙、見覚えのない帽子と並んでいる。
「帽子は樹上配達部の仕事じゃないの?」
尽が聞く。
「今日は授業です」
ミオは掲示板の端から、もう一枚紙を剥がした。
「持ち主を探す方が先。木から取るのはその後」
「靴もある」
ペペは片方だけの靴を見た。
「森道案内部が探すの?」
「持ち主が先です」
ユーノが答えた。
午前の生活術の授業で、教師のサラナは落とし物を三つの机へ分けた。拾った場所、拾った時刻、物の状態を記録してから、持ち主を探す。中身を勝手に開けない。返す時は、受け取った人に特徴を確認してもらう。
「物を見れば、持ち主が分かると思う人」
サラナが尋ねた。
ナナが手を挙げた。
「甘い包み紙なら、甘いものが好きな人」
「全員が好きです」
「じゃあ、甘いものを食べた人」
「もっと多い」
サラナは包み紙を記録箱へ入れた。
実習では、研修生と学院生が混ざった三人組で校内を回ることになった。尽はミオと、角持ち族の一年生リュオと同じ班になった。リュオは以前、森道で靴を落とした少年だ。今日は左右そろった靴を履き、紐まで固く結んでいる。
「今日は投げない」
彼は先に言った。
「何を」
「靴を」
ミオは納得したように頷いた。
最初の落とし物は、講堂の裏で見つかった手袋だった。片方だけで、指先に白い粉がついている。リュオはすぐに、石工術の授業で使う手袋だと言った。
「誰のか分かるの?」
尽が尋ねる。
「授業で同じ粉がつくから。持ち主は、手袋の中に名前を書く習慣がある人です」
「それをどうやって調べるの」
「先生に聞きます」
勝手に中を覗かず、まず授業の担当教員へ行く。手袋は石工術の教室にいた教師へ預けられ、その日のうちに持ち主の生徒が取りに来た。
「この手袋、どこにありましたか」
受け取りに来た学生が尋ねる。
「講堂の裏です」
リュオは拾った時刻まで記録を見せた。
「助かりました。午後の実習に間に合います」
学生は手袋を受け取り、リュオへ礼を言った。
「見つけるの、得意なんだね」
尽が言うと、リュオは少しだけ胸を張った。
「前に自分が落としたから、どれくらい困るか知っています」
次の品は、片方の靴だった。
ミオは一目見るなり、樹上配達部の札を持ってくる。
「これ、枝から取った靴と似てる」
「似てるだけ?」
「同じかどうかは、持ち主に聞く」
彼女は札に記された名前を確かめ、寮へ向かった。
靴の持ち主は、翼の小さな二年生だった。木の階段を急いで降りた時に、踵が抜けてそのまま片方をなくしたらしい。
「どうして、もう片方も履いてるの」
リュオが聞いた。
「片方だけ脱いで歩くと、寮監に見つかるから」
学生は靴を受け取り、すぐ両足へ履いた。
「寮監は何をするの」
「靴紐を二重に結ぶ」
リュオは自分の靴紐を確かめた。
書きかけの帳面は、図書塔の窓辺で見つかった。閉じた表紙には名前がない。ユーノたちは資料保全会で習った通り、勝手に開かず、図書塔の受付へ届けた。
受付の司書は、帳面の厚さと留め具の形を確かめる。
「植物観察の帳面ですね。持ち主が探しに来るまで、こちらで預かります」
ナナが帳面を見つめていた。
「中に何が書いてあるか、気にならない?」
「気になります」
ユーノは答えた。
「でも、持ち主が読むものです」
「紙魚にも言ってたね」
「紙魚は、読まずに食べます」
次に見つけたのは、木の実飴の包み紙だった。中庭のベンチの下に落ちている。リゼッタは帳面を開き、拾得物の欄へ記そうとした。
「包み紙も記録するの?」
ミオが聞く。
「落とし物です」
「空っぽだよ」
「中身が空でも、包み紙は残っているわ」
リゼッタは真面目に書いた。
その場へ、食堂の店員が箒を持って現れた。
「それは、私が昨日落とした包み紙です」
「持ち主が見つかった」
ペペが言う。
「拾った人は、私です」
店員は包み紙を受け取らず、ゴミ箱へ入れた。
「返却完了です」
リゼッタは帳面へ時刻を書き込んだ。
昼休み、六人は食堂の隅で実習の続きをしていた。まだ見つからない帽子の特徴を、樹上配達部へ問い合わせるためだ。
「青い羽根が一本ついている」
ミオが言う。
「持ち主は」
「分からない」
「最後に見た場所は」
「部室」
「部室のどこ」
「屋根の近く」
リゼッタが顔を上げた。
「それは、落とし物じゃなくて部室の備品では?」
「帽子の形をした風見です」
ミオは少し考えた。
「風見を帽子って呼ぶの?」
「羽根がついてるから」
「帽子ではない」
ユーノが言った。
結局、掲示板の帽子は本物の落とし物だった。工房研究会の上級生が昼食を食べに来て、頭にかぶっていないことに気づいた。帽子には焦げ跡が一つあり、内側に名前が書いてあった。
「実習の熱で焦がした」
上級生が言う。
「そのまま被っているんですか」
ペペが聞いた。
「焦げ跡を隠す飾りを作る予定」
「工房研究会へ行けば、作れます」
ペペは勧誘の紙を取り出しかけたが、リゼッタに袖を引かれた。
「授業中よ」
「昼休み」
「まだ実習中」
午後、最後の品は小さな木箱だった。温室の外壁近く、落ち葉の下に半分埋まっていた。箱には名前も紋もなく、蓋の隙間から乾いた土がこぼれている。
「勝手に開けない」
尽は拾得札へ場所を書き、ミレイアを呼んだ。
教師は手袋をして箱を持ち上げる。重さを確かめ、外側を見た後、記録官へ運ぶことにした。
「中身は」
ペペが聞く。
「預かる人が確認します」
ミレイアは答えた。
「皆さんは授業の続きへ戻りなさい」
箱のことで質問を重ねたい気持ちはあった。けれど、尽は拾得札へ時刻と場所を書き足した。箱は記録官へ渡り、学生たちはその場を離れた。
帰りに、サラナが実習の帳面を確認した。
「落とし物が五件、持ち主へ返ったのが四件。包み紙は処分。木箱は預かり中」
「帽子も返りました」
ミオが言う。
「風見は?」
「風見です」
ユーノが訂正した。
「あれは落とし物ではありませんでした」
サラナは帳面へ目を落とし、静かに頷く。
「よく確認しました」
夕方、尽は風苔の鉢を温室へ戻した。葉の間に、朝からの小さな落ち葉が一枚挟まっている。彼はそれを取らず、まずミレイアへ尋ねた。
「これは、鉢のものですか」
「今日は、そのままにしておきましょう」
尽は観察日誌へ、落ち葉の形と時刻を書いた。




