第百十三話 風向記録器は、授業中だけ真面目に鳴った
風向記録器が最初に鳴ったのは、魔力制御の授業が始まって三分後だった。
高い、細い音だった。
教室の後ろの棚へ置いていた小さな箱から、鈴のような音が響く。尽が振り返ると、針は北東を指し、紙の上に短い線を引いている。
「ペペさん」
教師のローデンが言った。
「その道具は、授業に必要ですか」
「今日は、たぶん」
ペペは立ち上がった。
「風が来たら鳴るようにした」
「鳴らない時は」
「静か」
「それは分かります」
教室の何人かが笑った。
今日の課題は、指先ほどの風を作り、机の上の羽根を一枚だけ動かすことだった。強すぎる風は隣の机の羽根まで飛ばす。弱すぎれば、羽根は動かない。
「自分の風と、外から入る風を区別しなさい」
ローデンは黒板へ円を描いた。
「術を使う時、自分だけが動かしているとは限りません。窓、扉、隣の人の魔力、廊下を走る学生。全部が羽根を揺らします」
尽は自分の机へ置かれた白い羽根を見た。
さっき記録器が鳴った風は、温室の方から来たのかもしれない。けれど授業中に急いで答えを出す必要はない。まず、自分の風を小さく作る。
掌の上で空気を丸め、羽根の端へそっと触れさせる。
羽根が半回転した。
「いいでしょう」
ローデンが言う。
隣のペペは、羽根を動かすより先に記録器を見ていた。針はもう中央へ戻っている。
「今の風、何だったと思う」
彼が小声で聞く。
「授業の後に書く」
尽が答える。
「今は羽根」
ペペは真顔で頷き、次の瞬間、羽根を机の向こうまで飛ばした。
羽根はユーノの髪に乗り、しばらく動かなかった。
「強いです」
ユーノは羽根を取らずに言う。
「ごめん」
「羽根は謝っても戻りません」
ナナが自分の羽根へ青い光を近づけた。羽根はふわりと浮き、彼女の周りを一周する。
「魚みたい」
「今日は羽根です」
ユーノが言った。
リゼッタは指先に火を灯し、それを消した時に生まれる小さな気流を使っていた。羽根はほとんど揺れない。それでも、少しずつ彼女の方へ寄ってくる。
「これなら、飛びすぎない」
「火を使わずにできませんか」
ローデンが尋ねる。
「できます」
リゼッタは答えた。
「でも、こちらの方が早い」
ローデンは一度、黒板の円を見た。
「早い方法は、時々、隣の羽根も飛ばします」
その言葉が終わる前に、リゼッタの羽根が二枚まとめて浮いた。片方は自分の机へ戻り、もう片方はローデンの肩へ着地する。
教師は羽根を取らずに言った。
「例えば、こうです」
セレーネは羽根の下へ両手を置き、風が入る場所を待っていた。窓から入った風と、隣のミオが翼を動かした時の風を見比べ、最後に自分の風を少しだけ足す。
羽根は机の中央で一度跳ね、ゆっくり円を描いた。
「きれい」
ナナが言う。
「羽根は、ちゃんと戻った」
セレーネは少し照れたように笑った。
二度目の鈴が鳴ったのは、授業の終わり近くだった。
今度は記録器の針が北東へ振れた後、すぐ南へ戻る。紙の上には細い線が二本残った。尽は時刻を見た。前回と同じように、温室の地下が閉鎖されている時間帯だ。
ローデンは授業を止めなかった。
「記録器の持ち主は、終了後に私へ紙を見せてください。ほかの人は、今日の羽根の動きを書くこと」
ペペが少し残念そうに座り直す。
「見に行かないの」
「先生は、記録を見てから動く」
ユーノが答えた。
授業後、ローデンは二本の線を定規で測った。尽たちが書いた温室の記録と、前日の競走会の紙も並べる。
「方向は似ています」
彼は言った。
「ただし、教室まで届く風が、温室地下から出たとは限らない。屋根の通気孔、樹上の風、別の授業の術式。候補は残ります」
「フィオナさんへ渡しますか」
尽が聞く。
「渡します。皆さんは、明日も同じように記録してください」
ローデンは紙を封筒へ入れた。
「原因を探す大人はいます。羽根を飛ばす授業を受ける学生も必要です」
昼休み、ペペは記録器へ新しい札を付けた。
〈授業中、二回鳴った〉
「これで分かる?」
「後で分かるかもしれない」
尽が言う。
ナナはその札の下へ、小さな魚を二匹描いた。
「二回だから」
ユーノは一度、鉛筆を持ち上げた。
けれど数字の邪魔をしていないので、何も言わなかった。




