第十一話 十二の桶は同じ量にならない
一回目の試用は、水量計の歯車を作ることになった。
尽は少し安心した。
剣でも鎧でもない。
爆発もしない。
水を測るだけの機械なら、少なくとも人を斬る心配はない。
グランドーガは、そんな顔を読んだように水量計の外箱を叩いた。
次に十二個の小さな家札を並べる。
一つの水路。
十二軒。
歯車が狂えば、誰かの水が減る。
人を斬らない機械でも、人を困らせることはできる。
尽は姿勢を正した。
作業台は、左脚を伸ばしたまま座れる高さへ調整されていた。ティムが木箱を二つ重ね、足を置く台まで作る。
好意ではある。
同時に、立ち歩くなという意味でもある。
灰色の試用札には、昨日刻まれた横線が一本。
三回のうち一回目。
グランドーガは最初に、工房の基準具を持ってきた。
長さの棒。
穴の大きさを調べる円柱。
歯の間隔を当てる薄板。
水の量を決める石壺。
どれにも王冠と七つの炉を組み合わせた印がある。勝手に削ったり、作業用の金槌で叩いたりしないよう、赤い紐が結ばれていた。
尽のノートの罫線は、比較には使える。
しかし、この世界で他人へ寸法を伝える基準にはならない。
ノートを持つ尽だけが分かっても、次の職人が作れなければ意味がない。
ティムが短い単位名を教える。
「セム」
指の幅よりずっと小さい長さ。
十二セムを一つにまとめる別の呼び名もある。発音を二度聞き直したが、尽には〈ドル〉と〈トル〉の区別がつかなかった。
単語帳には、音の横へ耳と三角を書く。
聞き取り未確定。
ティムが笑って二つの文字を大きく書き分ける。
尽も日本語の〈橋〉と〈箸〉を書いた。
今度はティムが、同じ文字にしか見えないという顔をした。
互角だった。
新しい歯車は、古い歯車をそのまま写して作らない。
噛み合う相手側の歯車を外し、工房の歯形板を順に当てる。歯の高さ、間隔、軸穴、厚さを測る。水量計の箱へ戻したとき、外壁との隙間も必要だった。
尽は円の中心を取るため、紙へ二本の直線を引いた。
その交点へ針を立て、紐で円を描く。
ティムは金属製の二脚工具を出した。
地球でいうコンパスに近い。
尽が紙と紐で苦労した三分を、工具は一呼吸で終わらせた。
「先に出してくれや」
ティムは意味を理解せず、得意そうに胸を張る。
現代知識があっても、道具箱の中身を知らなければ遠回りする。
歯数は二十四。
円周を二十四に分けるには、十二分割した線の間をさらに二つに割る。尽が角度を取ろうとすると、ティムは歯割り盤を机へ固定した。
外周に二十四の穴があり、留め棒を一本ずつ送れば同じ角度で材料を回せる。
これも、すでにある。
尽は少し悔しくなった。
異世界へ来た高校生が、いきなり工業文明を始められると思う方がおかしい。
矮人は何百年も歯車を作ってきた。
知らないのは、こちらだった。
材料棚には、似た色の金属片が何種類もあった。
黄色。
赤みの強い黄色。
白い筋の入った黄色。
表面へ青い斑点を持つ黄色。
古い歯車の色だけを見て選ぶなら、二番目に近い。
尽が手を伸ばすと、グランドーガは止めなかった。
材料札には文字と数字が刻まれている。尽には読めない。
ティムが炎、滴、水路の絵を描き、白い筋入りの材料を指した。
尽は、普通の黄色材を指す。
どちらを選ぶか。
老人は黙っている。
尽は古い歯車をもう一度見る。削れた面の内側に、細い白線がある。
前の修理材だと思っていた線とは別に、輪の全周へ続いている。
二種類の金属を重ねた材料かもしれない。
それでも、なぜ水量計に必要なのか分からない。
尽は白筋材を選ばず、普通の黄色材を取った。
まず一つ作り、差を測る。
知らない高価な材料を、理由も分からず正解として選ぶより、失敗条件を記録したかった。
グランドーガは何も言わない。
危険作業は禁止されているため、炉と大槌は職人が担当した。尽は座ったまま、歯割り盤で位置を送り、細いやすりで一枚ずつ形を整える。
一枚。
二枚。
五枚目で右手が疲れた。
八枚目で左膝が痛み始める。
立っていないのに、同じ姿勢を続けるだけで傷が引っ張られる。
痛みは丸から三角へ近づいた。
尽はやすりを置く。
ティムが残りを取ろうとした。
尽は首を振り、作業板へ八と刻んだ。
ここで交代した。
誰がどこまで加工したか残す。
ティムは九枚目から削った。
彼の手は速い。
ただし十三枚目で歯先を深く削り過ぎた。
ティムが慌てて周囲も同じ高さへ合わせようとする。
グランドーガの槌が、作業台を一度叩いた。
修正する前に記録。
尽が八で止めたのと同じだった。
十三枚目へ印。
削り量。
噛み合わせへの影響。
使えるか、作り直すか。
測った結果、歯先の傷は許容板より浅かった。形を整え、二十四枚まで仕上げる。
軸穴へ円柱基準具を通す。
軽く回る。
相手歯車と組む。
引っ掛からない。
水量計へ入れ、石壺一杯の水を流す。
針は一目盛り進んだ。
二杯。
二目盛り。
十二杯まで、ずれはない。
ティムが両腕を上げた。
成功。
尽も笑いかけた。
グランドーガは水量計を持ち上げ、工房の奥へ歩いた。
そこには、赤い光を集める鏡箱と、碧い鉱石灯を囲った暗箱があった。
老人は水量計を赤い鏡箱へ入れる。
地球でいう恒温槽に近いのだろうか。
温度計らしい二色柱が上がる。
同じ石壺で十二杯流す。
針は、十二より半目盛り先へ進んだ。
次に碧い暗箱。
針は十一と半分で止まった。
赤で多く。
碧で少なく。
通常光では正しい。
三つの条件で、結果が違う。
尽の笑いが消えた。
普通の黄色材を外し、赤箱へ入れる。わずかに外径が広がる。碧箱では収縮だけでなく、歯面へ薄い粘り気のある魔力膜が生じた。
熱膨張だけではない。
この世界の金属は、二つの太陽光と魔力へ別々に反応する。
白筋入りの材料も試す。
赤箱では黄色部分が広がるが、白い筋が逆向きに縮む。碧箱では白筋が表面の魔力膜を散らす。
差が完全に消えるわけではない。
それでも変化は小さい。
二種類の性質を組み合わせ、互いのずれを抑えている。
地球のバイメタルに似ている。
だが、温度だけでなく魔力まで相手にしている。
尽は単語帳へ〈複合材〉と書き、その横に赤矢印、碧矢印、白筋を描いた。
ティムが現地語を添える。
「双応黄銅」
指輪は反応しない。
音を何度も聞き、似た発音を片仮名で残す。
最初から白筋材を選べば、早く正解できた。
しかし、なぜ必要かは分からないままだった。
今は一つ失敗した代わりに、差を見た。
問題は、失敗作に材料と時間を使ったことだ。
尽は契約札の材料破損欄を指した。
自分の賃金から引かれるのか。
グランドーガは普通黄銅の歯車を取り、赤い穴札を付けた。
試験品。
廃棄ではない。
次に賃金の石を十二個並べ、そのうち材料分らしい二個を脇へ移す。
尽が了承しようとすると、老人は二個を戻した。
代わりに、失敗条件の記録を指す。
赤箱、通常光、碧箱。
水十二杯。
誤差。
交代位置。
十三枚目の削り過ぎ。
全部が残っている。
失敗を隠したなら材料費を取る。
記録し、試験品として残すなら工房の費用。
正確な言葉は分からなくても、扱いからそう読めた。
尽は十二個の賃金石のうち、食費分を支払い、残りに相当する小銅貨を受け取った。
異世界で初めて稼いだ金だった。
薯片で山を削った報酬ではない。
世界を救った褒美でもない。
使えない歯車を一枚作り、なぜ使えないかを書いた報酬だった。
灰色札の横線が、一本から二本になった。
三回の試用の一回目が終わった印らしい。
完成品は、まだない。
次の作業日に双応黄銅で作り直し、赤、通常、碧の三条件で十二杯ずつ測る。
成功は、そのあと決める。
尽は治療区へ戻る前、試験台に並んだ十二の空桶を見た。
同じ形。
同じ大きさ。
同じ水路につながっている。
それでも、歯車が少し違うだけで、受け取る水は同じにならない。
人族と魔族の争いも、似ているのかもしれない。
皆を同じだと言うだけでは足りない。
途中にある歯車と、どちらへずれる仕組みを調べなければならない。
そう考えた直後、尽は首を振った。
何でも機械に例えるのは、機械好きの悪い癖だ。
人は歯車ではない。
少なくとも、その違いだけは忘れないよう、単語帳の端へ小さく書いた。




