第百五話 部活の勧誘は、風苔より早く増えた
外来研修生になった翌日、尽たちは朝の掲示板の前で足を止めた。
昨日までなかった紙が、四人の名前の周りへ何枚も貼られている。
〈風術が使える方、樹上配達部へ〉
〈術具を自分で直したい方、工房研究会へ〉
〈帳簿を読める方、夜市会計班へ〉
〈静かな場所が好きな方、資料保全会へ〉
「誰が僕たちの名前を出したの」
ペペが掲示板から一歩下がった。
「昨日、学院長室から出る時に、廊下に二十人くらいいたよ」
ナナが言う。
「研修生になったって、もう広まってる」
「早い」
ユーノが紙を読む。
「資料保全会は、地下書庫の資料を補修する会だそうです」
「ユーノさんは、もう決まった顔をしている」
セレーネが言った。
ユーノは少しだけ視線を逸らした。
「決めていません。ただ、破れた紙は早く直すべきです」
ペペの前には、工房研究会の上級生が立っていた。灰色の髪を後ろで束ねた少年で、工具袋を見た途端に目を輝かせている。
「その留め具、自作?」
「半分」
「半分は?」
「拾った」
「どこで」
「寮の廊下」
上級生は一度、黙った。
「工房研究会へ来ると、拾わなくても作れます」
リゼッタの方には、夜市会計班の女子生徒が二人来ていた。二人はリゼッタが灯りに値札を付けようとした話を、どこからか聞いている。
「予算表、作れますか」
「作れるわ」
「今、三年生が卒業前で困っていて」
「利益は」
「出ません」
リゼッタは二人の顔を見た。
「考えるわ」
尽が振り返ると、自分の前には翼の大きなミオが立っていた。彼女は樹上配達部の札を手に持っている。
「風を使えるなら、一緒に荷を飛ばせる」
「配達部って、手紙を運ぶの?」
「手紙、忘れ物、昼食、迷子の帽子」
「迷子の帽子」
「木に取られる」
それは少し気になった。
セレーネには、森道案内部の学生が集まっていた。王女へ勧誘するのは恐れ多いのか、皆が一歩離れた場所から紙を差し出している。
「セレーネさんなら、道を知ってるでしょう」
ペペが言う。
「知っているから、案内の仕方を学びたいのです」
彼女は紙を受け取った。
「森では、知っている人ほど先へ行きすぎます」
尽は、その言葉を覚えていた。護衛を置いて一人で調べに出た日、セレーネは同じことを言っていた。
昼休み、風苔の鉢を囲んで班会議が開かれた。
風苔は窓辺で丸く縮み、朝の風にだけ葉先を伸ばしている。ナナが鉢の札へ魚の絵を描こうとしたため、ユーノが止めた。
「観察用の札です」
「魚って書いてある」
「リゼッタさんが勝手に」
「別名よ」
リゼッタは平然としている。
「本題」
尽が言う。
「部活は、みんな別々に見に行ってもいいと思う」
「部活に入ると、宿題が増える?」
ペペが聞く。
「増える」
ユーノが答えた。
「やめようかな」
「でも、工具を使わせてもらえるんでしょう」
セレーネが言うと、ペペはすぐ工房研究会の紙を裏返した。
「見学だけなら」
「会計班も、見学だけなら」
リゼッタが続ける。
その日の放課後、六人はなぜか揃って樹上配達部の見学へ行くことになった。ミオが「一人だと荷物を持つ人が足りない」と言い、ナナが「飛ぶのを見たい」と言い、ペペが「工房へ行く前に高い所から部室を探したい」と言ったからだ。
樹上配達部の部室は、大樹のかなり高い枝にあった。
階段はある。けれど途中で枝が細くなり、手すりの代わりに柔らかい蔓が垂れている。ミオは軽く飛び上がったが、ペペは三段目で止まった。
「この蔓、持って大丈夫?」
「大丈夫」
ミオが言う。
「昨日までに、二人しか落ちてない」
「少ないのか多いのか分からない」
リゼッタが先に蔓を掴んだ。火術の訓練で高所には慣れているらしい。尽はその後ろに続き、ユーノは足元を見ずに一段ずつ登る。セレーネは最後までペペの背を押していた。
部室に着くと、壁一面に学院の地図が貼られていた。橋、枝、温室、食堂、寮、迷子になりやすい通路。色の違う紐が何本も走り、帽子、書物、弁当箱の札が吊るされている。
「今日の依頼は三つ」
部長のラトが言った。ミオより一つ年上の鳥人族で、片方の翼の先だけ黒い。
「資料室へ返す本。温室へ届ける水差し。寮の木に取られた帽子」
「帽子は、木から返してもらえば」
ペペが言う。
「返却期限を過ぎたら、枝先まで取りに行く」
ラトは地図の端を指した。
尽たちは三つに分かれた。本を運ぶユーノとナナ、水差しを持つリゼッタとセレーネ、帽子を取りに行く尽とペペとミオ。
帽子は、寮の木の細い枝に引っかかっていた。下から見れば簡単に取れそうだったが、近づくと枝が少しずつ遠ざかる。
「木が遊んでる」
ミオが言う。
「帽子で?」
「帽子の持ち主が、昨日、部屋に靴を散らかしたから」
ペペは自分の工具箱を思い出したのか、静かになった。
尽は強い風を使わず、枝の下からそっと空気を押し上げた。帽子が少し浮く。ミオが飛んで受け取り、ペペは下で落ち葉を集めて受け皿を作った。
「取れた」
ミオが帽子を掲げる。
その時、風苔を入れた小鉢が尽の鞄の中で揺れた。今日の観察のため、教室から持ち出していたものだ。帽子があった枝の近くで、苔の葉先が東を向いている。
「風が変わった?」
ペペが聞く。
尽は周りを見た。枝の間を抜ける風が、学院の温室の方へ流れている。いつもの夕方の風かもしれない。尽は観察紙を出し、時刻と方角だけを書いた。
「記録しておく」
ミオは帽子を持ったまま、尽の紙を覗き込んだ。
「配達部、向いてるね」
「どうして」
「道の途中で止まるから」
それは褒められたのか、尽には少し分からなかった。
部室へ戻ると、三つの依頼は全部終わっていた。ユーノは本を濡らさず返し、ナナは資料室の司書から飴を一つもらっている。リゼッタたちの水差しは無事だったが、セレーネの袖が少し濡れていた。
「水差しが自分で歩きたがったの」
セレーネが言う。
「なぜ」
「水を欲しがる鉢の方へ」
リゼッタは濡れた袖を絞った。
「植物との対話術は、時々こちらが話を聞かされるわね」
帰り道、ペペは工房研究会の見学札を胸ポケットへ入れた。リゼッタは会計班の紙を折り、ユーノは資料保全会の部室の場所を確認している。
「みんな、別々の部活へ行くんだ」
ナナが言う。
「授業では一緒」
尽が答えた。
「温室当番も一緒」
「夜市も」
セレーネが言う。
風苔の葉は、鞄の中でまた丸く縮んだ。




