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62 それぞれの道程

「そこまでだ」

 突然両脇から突き出される槍。それはロウシュの身体の前で交差された。門衛たちがそうしていたのと同じように。

「……何の真似?」

 そう口にしたのはロウシュらではなくミルダだった。冷たい視線を後方にいる者へ向ける。

「あなた様の身を守る者として、これらのこれ以上の狼藉を見逃すわけにはいきません」

「彼らは話をしているだけよ。気に入らないことは聞き入れなければいいだけのこと」

「これらの言は許容限度を超えています。いくらあなた様が寛大なお心をお持ちでも、看過することはできません」

「……」

 どうやら話しているのは護衛のようだ。そもそも現皇帝が一人で一般人の元に姿を晒すはずはないのだが、彼らはどこに控えていたのだろうか。

 白々しい会話の後、ロウシュの隣からこちらを見るでもなく護衛が言う。

「お前たちの発言は我らが主君を侮辱するものだ。これはひいては国家の転覆をも招きかねない重篤な罪である。我々はそれを許容しない。よってこれよりお前たちを拘束する」

「愚かしいな」

 ぽつりとロウシュが呟く。後方のホウが身じろぎした気配がする。今ここで抵抗するのは得策でない、と言いたいのだろう。それくらいロウシュにもわかっていたが。

「我々を拘束したところで、そなたらの過失などじき大衆の知るところになる。そなたらは民を舐めすぎている。己らの命を脅かす支配者などいらぬ。窮地に陥るのは果たしてどちらか、よくよく考えた方がいい」

 ロウシュは一歩も退かなかった。


   *   *   *


 あれは、中央の、衛兵……?

 リュウが思わず足を止めることになったのは、前方から大げさな武装をした男たちが下ってくるのが見えたからだ。嵐の迫る静まり返った街に衛兵が何の用があるのだろう。こんな時だというのに暴動を起こすような輩でも出たというのか。

 とにかく今衛兵などに出くわすわけにはいかない。リュウは建物の間の路地とも言えないような細い空間に身を隠した。

「ここから二手に分かれる。最優先は最も低地である西端と、水路近辺の住民だ。そこから徐々に範囲を広げる」

「はっ!」

「時間はほとんどない。急いで避難誘導せよ」

「はっ!」

 バタバタと走り去っていく衛兵たち。それをリュウは不思議な気持ちで背後から見送った。

「避難誘導?」

 なぜいきなりそんな話になったのか。泉守たちが被害に遭った嵐のときは、何もしなかったのだろうに。そこで浮かんできたのは、あのいけすかないマナの男の顔だった。

「まさか、あいつが?」

 微塵も動く気配のなかったお山を動かしたというのだろうか。民のことなど本当は毛ほども気にかけていないはずの中央を。

「……なかなかやるじゃん?」

 リュウは不敵に笑った。そして再び走り出す。宮廷はもうすぐそこに迫っている。


   *   *   *


「宮廷の、物見台……?」

 おうむ返しに呟いてみても、それが何を意味するのか理解するのには時間がかかった。まだ瘴気の影響があるのだろうか。アイリが攫われたときは一晩目を覚まさなかったくらいだ。今こうして動けているのが奇跡なのかもしれない。

 目の前の男は不穏な言葉を発したわりに、今すぐユウリをどうこうするつもりはないようだ。ただユウリをじっと見つめている。眉根を寄せ、何かを考えているようにも見える。吹きさらしの風に目をすがめているだけかもしれないが。

 ようやく回り始めた頭でもう一度今の状況を確認する。この男はつい今しがた、ここが宮廷の物見台だと言ったのだ。宮廷……。

「えっ、ここが?」

 その意味を理解した瞬間、驚きで声が漏れた。それを聞いた男は視線を巡らせながら言う。

「そうだよ。この光景を見れば疑うべくもないでしょう」

 ここが宮廷の内部。リュウと潜入を試みていた、最終目的地。

 ユウリの背を冷や汗が流れる。では、今対峙しているこの男は一体……?

「あなたは、誰なんだ?」

 息がうまく吸えず、その言が声として発せられたか定かでない。ユウリの予想が正しければ、この人物は。

「私は名を名乗ることができない。この名前を呼ぶことができるのは現状、母上と父上だけだから」

 直接名を呼ばないことで、敬意を表すべき存在。予想を裏付けるにはそれで十分だった。

 やっと、たどり着いた。たどり着いてしまった。

 ユナが仕えていた皇子に。

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