60 衝突する意志
短弓を構えた。だが間に合わなかった。
「ユウリ……!」
油断だ。そんなつもりは決してなかったが、結果からはそう断ずるより他なかった。嵐に気をとられ、先を急ぐことばかり考えていた。
結果、最優先で守るべき存在を掠め取られてしまった。
ヒュウゴウによって。
自分の失態に足がすくんで、ヒュウゴウが飛び去っていく方向をただ見ているしかなかった。嵐に備える住民たち同様に。
「っ……!動け!」
周りがビクッとしたが、それは自分自身に言った言葉だ。ここで指を咥えているわけには断じていかない。脚を叩き、自分を叱咤する。次の瞬間には、リュウは走り出していた。ヒュウゴウが消えていった先、宮廷を目指して。
できることを考えるのは後回しにした。とにかく今は先へ進むより他なかった。
* * *
前にいた二人がかしずいたことで、ロウシュらからもようやくその姿を見ることができた。
現皇帝、ミルダ。深海のような青のドレスを身にまとった、この国の頂点に立つ者。
「ギルドは衛兵たちに避難誘導の指示を。ラウルは聖廟へ使者を走らせて頂戴」
「で、ですが……」
「この者たちの相手ならば私一人で十分です。さぁ、お急ぎなさい。私の国を沈めるつもり?」
「はっ、お、仰せのままに」
二人の男らは押し負けるように広間を後にした。
背後にいるキジとホウから今までとは違う緊張を感じる。さすがにこの流れで皇帝が姿をあらわすとは思っていなかったので、その反応もやむなしとは思うが。
「私はそなたが皇帝であろうと態度は変えぬ。人間に貴賎はない、というのがマナのあり方だ」
「まぁ、随分と横柄な客人ですこと。私が皇帝だろうとそうでなかろうと、最低限の礼儀は示すべきではないかしら」
両者とも己の信条を曲げるつもりはない。広間の空気は痛いほどに張りつめている。だがこれは、己らが望んだ状況だ。やっと当人との面会が叶ったのだ。となれば、すべきことはただ一つ。
「なぜ禁呪に手を出した」
「……」
目の前の女帝から表情が消えた。「一人で十分」と豪語した割には、その内面は脆いように見える。
「これまでの異変然り、この度の嵐然り、元を辿ればそこへ行き着く。既に多くの者が被害を被っている。そなたらの罪は大きい」
禁呪に関して確かな証拠があるわけではない。これは賭けだ。あとは相手がどう出るか。
しばしの沈黙。静寂の中にいるはずなのに、まるで金属音を聞いているかのように肌が粟立つ。
「……あなたたちに何がわかるの?」
ミルダはぽつりと呟くと、ロウシュを真正面からきっと睨んだ。
「私はただ大切なものを守っただけですわ。それはひいてはこの国を守ることに繋がるから。そのためには手段など選んではいられない。私たちには私たちの道義があるのです」
威厳に満ちた声。彼女は心の底から信じているのだ。それが正しい道であると。ロウシュにはそれが悲しかった。
「その結果、マナの水源が枯れるとしてもか?」
ロウシュの声はいっそ淡々と響いた。ミルダは何を言われているのか理解できないという顔をする。
「禁呪の影響が今後も続けば、マナの水源も枯れるだろう。泉守らが守ろうとして、守れなかったかつての泉と同じように。そうなれば、困るのは都の民、ひいてはこの国の者たちではないのか」
ラウルたちがロウシュらを門前払いにしなかった理由。マナと泉守が接触すれば、その可能性に気づいてしまうから。そこまでの事情を、しかし彼らはミルダに話していなかった。
「国を守る?それは世界の秩序を乱してまで成さなければいけないことだったのか?関係ない者たちまで犠牲にして守るほどのものなのか?そこまでして、一体そなたらは何を守ったというのだ!」
静かな怒声に、今度こそその場の誰もが口をつぐんだ。静まり返った広間は緊張に耐えきれず今にも崩れてしまうのではないかと錯覚した。
* * *
ーーお前は絶望するだろう。
あの時と同じだ。頭に直接響いてくるような声。風圧と瘴気で朦朧としている今もはっきりと聞こえる。
ーー世の秩序を乱した罪は重い。己の目で確かめるがいい。
そのとき、ユウリにかかっていた圧が全て消えた。急な解放に身体がついていかない。ついていったところでユウリにできることはなかっただろうが。
ユウリを攫ったヒュウゴウは、空中でその身体を離したのだ。次の瞬間にはユウリの身体は落下をはじめた。




