59 闇の棲家
いかにも重厚な観音開きの扉が番人たちの手で開かれる。目の前に広がる空間が闇のように見えるのは心が見せる幻か。
使用人に案内されたのは、エントランスからそう離れていない広間だった。やはり薄暗い印象があるのは気のせいだろうか。宮廷の内部に足を踏み入れるのは初めてのことだ。勝手に脳内で作られたイメージと比較してしまうからそう思うのだろうか。
広間の奥から出てきたのは二人の男だった。ひとりはまるで野生動物のように獰猛な目でこちらを睨めつける。もう一人はまるで白い影のように音もなく歩く。対照的な印象の二人だ。ロウシュは目を細くした。
「現皇帝は女性のはずではなかったか」
低く問えば、睨んでいる男が鼻を鳴らした。
「礼儀も心得ぬ輩の相手をするほどかのお方は暇ではないのだ。ここまで通されただけでもありがたいと思え」
男はさも高慢な態度で言い放つ。ロウシュはため息をついた。
「どうやら私の本意は伝わらなかったようだな。致し方ない。今はとにかく時間がない」
「何をぶつぶつ言っている!」
さっきから喋っている方の男はあからさまに苛立っていた。一方影のような男は黙って成り行きをみている。
どんなに相手が強硬な態度をとろうとも、ロウシュには関係ないことだった。これまでもマナはすすんで国に与することはなかった。そもそも皇帝を崇めるような気持ちも持ち合わせていない。まして目の前の人物は皇帝でもないのだから、へりくだるつもりなど毛頭ない。ロウシュは静かに息を吸った。
「改めて言う。我々は警告に来たのだ。この都はじきに嵐に襲われる。早々に民を避難させなければ多くの犠牲が出るだろう」
黒雲は目前まで迫っている。本当に急がなければ間に合わなくなってしまう。だからできることなら皇帝に直接訴えたかったのだが。
「ばかばかしい。わざわざそんなことを言いにきたのか」
冷めた目で男は言い放つ。そのあんまりな態度に後ろでホウが身じろぎした。ロウシュが後ろ手でそれを制する。ここで怒りをぶつけたところで状況は好転しない。
「おいギルド」
そのとき、それまで沈黙を続けていた男が背後から呼びかけた。ギルドと呼ばれた男は「なんだ、ラウル」と応えてそちらに向き直る。二人は声をひそめてなにやら相談を始めた。
「……まだ話は終わっていないのだが」
ロウシュが言えば、ギルドは眉根を寄せてさも面倒そうに振り返る。
「ここまで言ってもまだ何故我々が直訴を願い出たかわからぬようだな。今迫っている嵐は、今までに起きてきた異変の延長線上にある。つまりもうずっと前から予兆はあったということだ」
ギルドは何も返さなかった。先ほどラウルから何か言い含められたようだ。
「我々は数多の調査を重ね、結論づけた。これら一連の異変の原因は、ここ宮中にあると。もしこのまま嵐に都が呑まれれば、そなたらの責は免れない」
広間はおそろしく静かで、声を張っているわけでもないのにロウシュの声が響き渡る。まるで何か得体のしれない生き物がじっとこちらを伺っているかのように。
「とにかく今は一刻も早く民を避難させよ。低い土地に住む者たちが嵐をしのげる高台の建物が必要だ」
「……言わせておけば勝手なことばかりっ」
「聖廟を解放しましょう」
「!?」
ギルドが怒りを抑えられずロウシュらに喰ってかかろうとしたときだった。背後から明朗な声が響いた。ギルドとラウルがギョッとして振り返る。ロウシュたちからはその二人が邪魔で姿を見ることはできなかったが。
「……ミルダ様」
現皇帝、ミルダが広間に現れたのだった。
* * *
「ますますやばそうだな。人の姿がない」
リュウは空と街の様子を見て呟いた。ユウリも同じように感じる。
先ほどから肌にあたる風が強くなっている。時折どこかから飛ばされてきた雨粒も当たる。雷鳴はいまや空気を震わすほどに低く轟いている。
ユウリとリュウの二人はようやく目的の宮廷が見える辺りまでやって来たところだった。人影が消えた街は様相を一変させている。今外にいるのはユウリたちと、家の窓に板張りをする住民らくらいだ。皆一様に不安そうな顔をして、早く終わらせようと黙々と作業している。
正面から宮廷を目指したロウシュらとは違い、ユウリらは裏から侵入を試みる算段だ。使用人しか使わないような裏口がどこかにあると踏んでいる。もちろん警備は堅牢だろうが、他に方法もない。ユウリの目的はユナの消息を知ることだ。正面から書面で問い合わせて駄目だったのだから、直接探るしかない。嵐が迫るこの状況が二人にとって有利に働くのか不利となるのかは未知数だった。
とにかく今は、前に進むしかない。そう改めて思ったとき。
「ありゃ何だ?」
「なんでこんなところに」
背後で住民らが呆気にとられたように話す。何事か、と後ろを振り返ることは、しかし叶わなかった。
一瞬の風切り音。次に襲ってきた衝撃。
「!!」
「ユウリ!?」
リュウの叫びを眼下に聞く。ユウリの身体は宙に浮き、轟音と強風にさらされていた。




