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幕間――夢の末路

――嵐が、来るよ。

 耳の奥でずっとこだまする声。それが幼い頃の自分のものに思えて、リトは毎夜のようにうなされた。念のためまだ残っているジンクの小間使いの少女が不安そうにするので、リトは起きている間はつとめて明るく振る舞うようにしている。変に報告でもされて、ベッドに押し戻されるようではたまったものではない。

 櫓まで登るのにあんなに息が切れてしまったことに、リトは少なからずショックを受けていた。病でずっと伏せていたのだから、体力も筋力も備わっていないのは仕方がない。頭では理解しているつもりでも、納得できるかというのは別の話だ。もう少年と呼ばれるにはいささか遅い年頃に差し掛かっている。本来ならば帝王学などを学び、執政にも少なからず関わっていてしかるべき頃合いだ。ずっと眠っていたせいで、何もかもが遅れてしまっている。母をはじめ、側近たちなどもリトが病を克服したというだけで歓喜しているが、本人としてはそんな気にはとてもなれなかった。

 言い表せないほどの焦り。それは自分が生き残ってしまったが故に感じるもの。

 運命というものが本当にあるのなら、おそらく自分は死ぬはずだったのだろう。熱に浮かされ、終わりのないような悪夢の中を数年間彷徨った。子どもの自分からしても、その末路など目に見えていた。それなのに、生き延びてしまった。運命はねじ曲げられたのだ。

 長い闇のような悪夢の終わりに現れたのは、ひとりの少女だった。それまでの闇を一気に浄化してしまうような、明るい光を放っていた。

 リトはその少女に見覚えがあった。自分とさほど歳の頃のかわらない、側仕えの少女だ。彼女が侍るようになった頃には既に病に伏せていたため、顔を見たのは数度に過ぎない。それも混濁した意識がわずかに浮上した刹那、忙しそうに立ち回るその横顔を眺めた程度。なのに夢の中の少女ははっきりと面影を見てとることができた。これは、自分の記憶が見せる夢ではないのだ。虚ろな意識の中でそう理解した。

 少女が光に包まれて見えたのは、随分明るいところにいるからだった。いや、明るいどころか景色自体が白く煙っている。そこは横殴りのひどい吹雪なのだ。それなのに少女は雪も暴風もまるでないもののように佇んでいる。

 少女は手に何かを持っていた。それをまるでこちらへ掲げるようにしている。光の正体はそこに灯る小さな蝋燭だった。彼女が大事そうに捧げ持っていたのは、どうやらランタンのようだ。

 ちろちろと燃える小さな火。それがこんなにも眩しく感じるのはなぜだろう。

――……たさ…の………ちは、くにのか……です。

 吹雪の奥で、少女が何かを言っている。声だけは風に流されてしまうのか、全てを聞きとることはできない。それでも、まるで祈りでも捧げるような真摯さは伝わってくる。

 ふいに、光が大きくなった。と思うと、目の前にいたはずの少女は消えてしまった。切ないような、思いの残滓を残して。

――あなた様に託します……。

 真っ白な嵐が霧散する刹那、かすかにそんな声が届いた。その意味をとりあぐねている間に意識が浮上していった。はっきりと目が覚めたとき、飛びこんできたのは母の顔だった。

 あれから母と顔を合わせたのは二回ほどだ。とっくに寝ていると思って部屋を訪ねてきたときと、皇族のためだけにつくられた宮廷内の廟を訪ねたとき。いくら息子の顔を見たいと思っても、現帝である母がそうちょくちょく訪ねて来られるほど暇ではない。その事実はいくらかリトの気を楽にさせた。過剰なまでにリトを溺愛する母と何度も顔を合わせるのは気詰まりだった。しかしその一方で、肝心なことを訊けないままでいる。母の顔を見てしまうと、言いたかったことがうまく出てこなくなってしまう。萎縮している。認めたくないがそれが事実だった。情けないという思いがなおさら焦りを加速させた。

 母上、私は一体何をしてしまったのですか。何を背負ってしまったのですか。

 こんな重い事実を負ったまま、生きていくことは正しいのですか。

 大方の想像はついていた。それでも直接母から事実を聞きたかった。己の想像が誤りであるという、一縷の希望が残っている限りは。

 一日はまだ始まったばかりだが、できることは限られている。今頃母は側近たちに囲まれて稟議の最中だろう。では自分は?考えた末、リトはまず体力をつけることだと結論づけた。あの階段を登れば少しは筋力を鍛えられるかもしれない。リトは再び重い扉に手をかけた。

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