54 予兆
ログがもたらした情報は、ヒュウゴウに関わるものだった。そう思うとユウリは背筋がぞぅっと寒くなるのを感じた。はじめに襲われたことも、アイリが目の前で攫われたことも、あの不気味な台詞も、すべて脳裏に焼きついている。
「とにかく一旦ホウたちと話したほうがいいだろうな。どうするかはアイツら次第だけど」
リュウは鋭い目でホウたちの里の方を見据えながら言った。
ユウリたちが戻ると、残った面々も食事を終えて人心地ついているところだった。ホウがマナのことを聞きたがったようで、ロウシュが話題の中心となっていた。
「マナの者たちは、物の売り買いをあまりしない。ほとんどのものを自給自足でまかなっている。それは国の一部として取り込まれる前からの慣習のようなものだ」
「そのような暮らしを今も続けていられるのは尊敬ものですよ。服などはどうするんです?」
「生糸から織物にし、それを服に仕立てる。一度作った服は長く着る。自分の手で作るものだからぞんざいには扱わないし、丈夫なのでそれなりにもつ」
ユウリはマナで暮らしていた人々の姿を思い出した。あの白っぽい道服のようなものは、彼ら自身が作ったものだったのか。みんな似たような服を着ているように見えたのは、つくりが簡単だからかもしれない。
「あのー、盛り上がってるとこ申し訳ないんだが、またちょっとそっちで話さないか?」
頭をかきながらリュウが言う。リュウが指で示しているのは地下だ。ホウはその意図を汲みとり、静かに床板をあげる。再びぞろぞろと地下に下りていくのを、しんがりのホウが思案するように見つめる。
「ここにこんなに人が集まるのはいつ振りだろう」
それは独り言のようだったが、ユウリは気になって訊いた。
「泉守の末裔の人たちは、集まったりはしないのか?」
「今はあまりないですね。キジがこういう性格なのもあって、みんな寄り付かないんです」
「む、わしのせいと言うんか」
「それは事実でしょ。僕がいるんだからそれで良しとしといてよ」
「ふん」
キジが気難しい性格というのは一族のなかでも有名な話のようだ。ホウの苦労が窺い知れた。
全員が階下へおりると、リュウは改めて口を開いた。
「まず訊きたいんだけど、アタシがさっき言ったことについて話はまとまった?」
つまり、共同戦線をはるという提案についてだ。ホウは少し戸惑ったようだ。
「いえ、まだですが」
「あぁ、それは別にいいんだ。アタシも急かすつもりじゃなかったから。でも、状況が変わった」
気軽な調子を装いながらも、そこには緊迫した空気が含まれていた。それを敏感に感じとったホウは、
「何か新しい情報があった、ということですか」
リュウの発言に含まれた意味を正確に言い当てた。だがリュウはすぐにその内容を明かすことはしなかった。
「これはアタシたちに必要かもしれないと思って、情報屋から買った情報なんだ。もしアンタたちがアタシたちと行動を共にするってんなら共有する必要があるけど、どうする?」
それは結局、今ここで結論を出すよう迫る発言だった。ホウは苦い顔をした。
「僕らに選択の余地はなさそうですね」
「悪いね。はじめは本当、急かすつもりはなかったんだが」
「……それだけの情報を掴んだ、ということですよね」
ホウはこちらの意図を汲みとるのに長けていた。それが結局は彼を決断へと導いた。一瞬、ホウはキジと目を合わせると。
「乗りましょう、その話」
乗り気ではないという声で応えた。
リュウはログから買った情報の書かれた紙片を作業台の上に広げ、その内容を読み上げた。
「ヒオリ山脈の万年雪が溶けている。つまり、ヒュウゴウのねぐらで何かが起きてるってことだ」
それを聞くとホウの顔色が変わった。紙片を手に取り、厳しい目でその文を睨む。
「異常な気候変動……。あの山の雪が溶けたなら、麓の街なんて水没してしまいますよ」
川が増水し、氾濫し、街を飲みこむ。おそらく一番に被害に遭うのは、ログが情報を仕入れたという宿場だろう。
「これが情報屋が扱うには身に余る情報ってのも百も承知だ。一応買った奴には釘を刺したけど、ボケっとした奴だったから効いたかはわかんないな」
――この情報、あまり売れると思わないほうがいい。アンタが良心のある行商ならね。
あの言葉の意味は、そのときはよくわからなかった。だが今の話を聞けばわかる。情報屋として売り買いする情報としては、緊急性が高すぎるということだ。
「今すぐ避難を促すべきです。急いで……」
「落ち着けって。その情報屋は宿場にいた猟師から仕入れた情報だっつってた。避難する状況ならそいつらでなんとかしてるだろ」
いきり立つホウをリュウが宥める。立派な体格をしているホウが感情的になると、まるで獣が暴れ出すかのようだった。落ち着きを取り戻すと、元の人好きのする雰囲気に戻った。
「すみません。でも、もしこれが本当なら……」
ホウの言葉の続きは、キジの大げさな咳払いで遮られた。肝心なところでは自分に注目を向けたいという自尊心が透けて見えているが、本人はお構いなしにいかにも重々しい口調でいった。
「ヒュウゴウが関わっているのなら、これは嵐の予兆であろう」
皆が息を詰めて黙りこみ、地下は水を打ったように静まりかえった。




