49 信仰のかたち
「……その嵐が原因で、件の泉は枯れた、と?」
微妙な顔をしたロウシュが問う。それはこの場の誰もが感じた疑問だった。普通に考えれば、嵐がくれば増水や氾濫が起こることはあっても、それで湧き出ていた泉が枯れるとは考えにくい。泉ごと抉られるような土砂崩れが起きたのであれば、沼地となっている泉の跡を今見ることはできなかっただろう。その疑問にホウが応える。
「まだ調査中ですが、嵐が直接の原因ではないと僕らは考えています。キジもそうした痕跡は見られない、と。ただ、ここで考えなければならないのは、この嵐を引き起こしたと考えられる存在についてです。我々が普段、妖と呼び慣らしている存在」
妖、という言葉を聞いただけでユウリの脳裡にはヒュウゴウの姿と声が鮮明に蘇る。いくら振り払っても消えない恐怖と嫌悪。リュウが察して気遣ってくれるが、ユウリは必死で平気なフリをした。
今、ホウと直接話しているのはロウシュだが、これはおそらくユウリにも関わりのある話だ。そして、父親の死の真相を追っているアイリにも。どちらも先般から起きている異変と関わっている。その異変を引き起こしているのも妖なのだ。
「泉守は、本来それらを妖とは呼びません。むしろ神格として崇めてきました。それは、彼らの怒りを買えば必ず災いとなると知っていたからです。彼らは地を、大気を、そして水を司っている。科学的根拠はないけれど、僕らはそう考えています」
それが彼らの信仰なのだろう。マナの人々に特殊な信仰があるように、泉守にも信じるものがあるのだ。
妖ひとつとっても、住む場所や立場によってこんなにも捉え方が違ってくる。それはこの国の成り立ちにも関わる違いであるように思えた。
ホウの話を聞いて、ロウシュはふむ、と考えこんだ。水源を守る者という点ではマナの民と泉守のあり方は似ている。しかしその向き合い方や考えには差異がある。似ているからこそ理解しがたいということもあるのかもしれない。
「つまり、そなたらは妖らの怒りが嵐を引き起こしたと考えているということか」
「おそらくは。その証拠、とまで言えるかは微妙なところですが、昔の書きつけに妙なことが書かれているんです」
ホウは作業台の上に広げている資料のうちのひとつをぱらぱらとめくる。
「これは記録とも言えないような、個人の日誌のようなものなんですが。ちょうど泉の記録が途切れるあたりのもののようなので、何か手がかりになるのではないかと読んでみたんです。そしたら……あった。このあたりなんですけど」
「これは、グイルについて述べているな。都で飼われていた頃のことか」
目を細めながらロウシュがその文を黙読する。他の記録と違い、こちらは文章になっているので内容はわかった。
グイル。旅の途中、ユウリたちが通りかかった街道を割って過ぎ去った者。
――グイルとは、地下を住処とする生き物だ。古くは『水脈を知る者』と言われ、治水のために中央で飼われていたこともあるようだ。ただ、土と水さえあれば異常なほど大きく育つし、かといって環境が悪くなると死んでしまうんで、世話に手を焼いて今ではそんなこともなくなったようだが。
その存在について語ったアオガの言葉をかろうじて思い出した。それが本当であれば、グイルは宮中で飼われていたことがあるということだ。神格とまで捉えているという泉守からすればとんでもないことだろう。日誌の文面からも中央への憤りのようなものは感じられる。だがそれ以上に。
「中央の方には、グイルを御しきれなかったのでしょう。育成要員として呪術師を登用したとあります」
その異質な言葉は日誌から浮き出しているようにユウリの目に飛びこんできた。言葉で聞いただけでも禍々しいものという印象がある。
「ここに書かれていることが本当かどうかはわかりません。ですが少なくとも、僕らの祖先がそれを疑うだけのことはあったのだと思います」
「それでグイルの怒りを買い、嵐に襲われた、と」
ロウシュは考えをまとめるようにぶつぶつと言う。彼自身もそうだが、ここにいる誰もが難しい顔をしていた。不穏な話であることは皆理解している。
「あ、あの」
そこで、しばらく黙っていたサガンが口を開いた。皆の目がサガンに集中する。
「えっと、私も気が動転していたのですが、ここへ帰ってきたのは報告のためで」
すみません、とサガンは恐縮した様子で言う。ホウが先を促した。
「その、先ほどから話題にのぼっている嵐のことで。街中で、顔色の優れないご老人がおりまして、声をかけたのでございます。彼は自分は卜師だと名乗りました」
卜師というのは市井で占いなどを生業にしている者のことだ。定住していない者が多く、場合によっては浮浪者扱いされることもある。
「どこか具合が悪いのか尋ねたのですが、その卜師から返ってきた言葉は……嵐が、来るのだと。中央にも訴えたが聞く耳を持ってもらえない。でも占いにはずっと同じ結果が出続けているのだ、と」
――嵐が、来るよ。
ユウリの耳をそんな幻聴が掠めていった。まだ幼さの残る少年のような声だった。




