48 古の記録
「サガン、久しいな。変わりないか」
「は、はい……」
ロウシュからサガンと呼ばれたその青年は、見ていて不憫なほど身体を震わせている。今にも膝からくずおれてしまいそうだが、みっともないことはできないと思って耐えているようだ。
「ロウシュ様におかれましても、お変わりなく……あの、なぜこちらに?」
「ちょっと所用でな。あと、そなたらに伝えねばならないこともあった故」
サガンはロウシュに言われて異変を調べている従者の一人だった。彼らの中にはアオガのように都の周辺を渡り歩いている者もいれば、サガンのように都に直接入って調べている者もいた。こちらに着いて初めて入ったレストランで、メニューにない重湯が頼めたのは、マナから来たロウシュの従者が一定数いたからだ。彼らは似たような生活をしているため、ある程度大きな施設であれば対応してくれるようになっているのだった。ホウがロウシュが茶を断っても怒らなかったのも、こうして身近にマナの人間を見ていたからだ。そしてそのホウは気まずげに頭をかいている。
「いや、すみません。もっと早く彼のことを話すべきでした。タイミングがなくて」
「構わない。ちょうどいいから、サガンを交えて先の話の続きをしよう」
聞けばサガンは都に来て割と早い段階から彼らと接触していたということだった。同じように異変について調べていたこともあり、情報交換には好都合だった。
彼らが地下にこもっていることからもわかるように、都で異変を調べるのはかなり危うい行為だ。中央は、国政に反意を持つ者に常に目を光らせている。先のアイリの話から推測するに、異変を嗅ぎまわるのは国政に反するととられているようだ。マナから都へ入った者たちも、だから慎重にことを運ぶ必要があった。サガンは同じ立場の彼らにならい、中央から目をつけられないよう立ち回っていた。他の従者たちとも密かに接触し、情報を共有することでこれまでをしのいできた。
話を聞くと、ロウシュが重々しく言った。
「そなたらには苦労をかける。よく耐えてくれた」
「そんな、もったいないお言葉。私は自ら志願したのでございます。ひいてはマナのため、我らのかけがえのない故郷のためです」
サガンはようやく慣れたのか、身を震わすことなくロウシュと向き合う。主従関係というものになじみがないユウリにはそこまで緊張するというのが不思議だったが、そういうものなのだと無理やり自分を納得させた。
サガンが話している間に、ホウが棚に収まっていた記録簿を数冊抜き出して作業台の上に広げた。座ったままでは見えないので、立ち上がってホウの手元を見る。
「これが僕らが集めている、今の沼についてのデータです。そしてこれが、まだ泉として姿を残していた頃の書きつけ。その後しばらくはほとんど記録が残っていません」
ホウが示したデータが何をあらわすのか、素人目にはよくわからなかった。だが古い方の記録簿も大切に残されてきたことはわかった。紙は劣化しているものの、文字は今でもはっきりと読み取れる。ホウが言う記録が残っていない時期というのが、彼らの祖先が弾圧されていた頃なのだろう。
「今僕らが明らかにしようとしているのは、記録のない時期に泉の水位がどのように変化したかということです。できることなら当時の気候まで調べたい。キジはああ見えて考古学者なので、そうした知識は確かです」
キジとホウの間に直接の血縁関係はない。いわば遠い親戚のようなものだ。泉守として栄えた一族も今は数えるほどになってしまった。彼らはそれぞれに身を寄せ合い、助け合いながら暮らしている。特にキジなどは調査に没頭するあまり身辺がおろそかになりがちなので、ホウが一緒に暮らしてまかなっているのだ。
記録簿を読み解いていると、ホウから繊細に見える部分が消え、ひとりの研究者という風情になった。それはキジにも感じられたもので、二人はやはり似た空気をまとっているのだった。
「まだ道半ばではありますが、サガンさんから聞いた話も統合して、ある程度当時の状況が推測できました。僕ら以外の泉守の子らも同様の推測をしているので、間違いという可能性は低そうです」
ホウはそこで一度息を整えた。それは大事なことを言う前の彼のくせのようだった。固唾をのんで待ち構える一行にホウはゆっくりと告げた。
「この頃に、この一帯を嵐が襲っています。災害と言っていいほど、強大な嵐が」




