46 泉守の一族
ホウが茶をいれている間、ユウリたちは困惑の表情でその様子を見守っていた。彼が出てきた床板はあげられたままで、それがこの質素な家を異様な光景にしていた。
「さて、どこまで話したかのぅ。そうそう、お客人ら。これがその秘密じゃ。この家には地下室があるんじゃ」
どこか誇らしげに言うキジ。もちろんそこからホウが出てきた時点で何らかの空間があることは皆わかっているので、リュウは呆れた顔をした。
「アタシらが知りたいのはそんなことじゃなくて、なんで一般人の家に隠した地下室なんてあんのかってことだっつの。やっぱりアンタは隠密の類なのか?」
疑いの目を向けられたキジはとんでもない、と顔で否定した。いささか不服そうに見える。そこに茶を準備したホウが口を挟む。
「キジ、まさか何も説明せずに皆さんを連れてきたのか?ただマナから来られたってだけで?」
「……フン。どいつもこいつもわしを悪者扱いしおる」
「いやいや、あなたがまずいことするからでしょ。……すみませんね。とりあえずお茶飲みませんか?あの、別に毒とか入ってませんし。お嬢ちゃんは甘いお菓子がいいかな?」
ホウは恐縮した様子でこちらに言った。最後の言葉はアイリに向けたものだが、当のアイリはいまだにユウリの影に隠れるようにして固まっている。
アイリがこの家に入ったときから怖がっていたのは、おそらくこの地下室のせいだ。ユウリですら違和感を覚えたくらいだ。過聴力をもつアイリならば、もっと明確に地下の存在を感じとっていてもおかしくない。
なんとかアイリをなだめつつ勧められた長椅子に並んで座る。ロウシュはその後方に立ったままで茶も断った。向こうからの好意をむげにすれば気を悪くするかとも思ったが、ホウは気にしていないようだ。いまだに警戒を解かないユウリらを安心させるためか、先にホウが茶に口をつける。それを見てリュウとユウリも恐る恐る茶を飲んだ。甘い花の香りがついたフレーバーティーだった。
「ええと、じゃあ僕らのことを少しお話ししてもいいですか?どうやらキジは何も説明していないようなので」
おずおずとホウが切り出した。その体躯とは対照的に、控えめで優しい口調だ。ユウリとリュウは目くばせして、ホウに向き直った。
「そうしてくれるかい。アタシもあんたらの話が聞きたいと思ってたところだよ」
暗にキジでは話の要領を得ないことを含んだが、当の本人は誰からも相手にされないことに拗ねてしまったようで、ホウと入れ替わりに地下室へと姿を消している。
「僕らは泉守の末裔なんです」
「イズミモリ……?」
聞き慣れない言葉にユウリとリュウが同時に聞き返す。ホウはその反応を予期していたようで、そのまま話を続ける。
「ここに来るまでに、沼地があったでしょう?あそこはものすごく昔、この国ができたころには泉だったんです」
そのことはここへ来る前、沼のほとりでちらとキジから聞いた。今となっては見る影もないが、当時は人々の暮らしを支える水源だったことだろう。
「僕らの祖先は、泉を神聖なものとして守る一族でした。いわば、今のマナの人々のような。当時は国に与するような勢力ではなかったのだと思います」
「思いますって、なんだかあいまいだな」
ユウリもそこに疑問を感じた。なぜそこの部分だけがあいまいなのだろうと思ったのだが。
「実は、はっきりとはわからないんです。文献にも明記されてなくて。泉のことに関してなら、かなり詳しい資料が残ってるんですが。なのでそこのところは僕の想像です。僕らの祖先は一時期ひどい弾圧を受けて、地下に隠れるように暮らさなければならなかった時期があったみたいなんです。泉が枯れる、少し前くらいのことだったようです」
なんだか話が不穏な方向に転がり始めた。現在のマナのような生活をしていた人々が、守っていた泉が枯れそうになって弾圧された。誰から、とははっきり言わないが、宮中からと考えて間違いないだろう。リュウは難しい顔をしたままホウに言う。
「この家に地下室がある理由はわかった。だがなんで今も使ってんだ?今は別に普通に暮らせてるんだろ?」
リュウのその指摘も予想はしていたようだ。今までの話はあくまで前置きで、本題はこれからといった雰囲気だ。
「僕らは最近になって、沼の調査を始めました。マナの方もお調べになっている異変と関連して」
ようやく話が繋がってきた。だからマナから来たというだけでキジはここへ連れてきたのだ。リュウが気まずげに口を挟む。
「さっきのじいさんには言いそびれたんだけど、実はマナ出身はそっちのロウシュだけなんだ。アタシらはそれぞれ別の用で中央を目指してきた、いわば道連れでさ」
「そうだったんですか。まぁその辺はキジの早合点もあると思うのでお気になさらず。では、ロウシュさんはこちらへ異変を調べに?」
「いや、正しくは私の従者らが調べている。彼らには一度マナへ戻るよう伝えねばならない」
「従者……ということは、あなたはマナの宗主の方ですか」
「便宜的にそう呼ぶ者もいる」
会話の中心は完全にロウシュに移った。元々マナとの関わりでキジについてくることになったのだから、そうなるべくしてなったともいえる。ホウは目を丸くした。さすがにそこまで予期してはいなかったようだ。
「なんだか今日はすごい日だな。マナの宗主にお目にかかるなんて。それなら話が早い」
なにやら一人納得している風のホウを首を傾げながら見ていると、表情を引き締めてロウシュに告げた。
「マナが危ない。この一連の異変は、泉が枯れたときにも起こっていたかもしれないんです。僕らが沼を調べているのは、マナをここの二の舞にさせないためです」




