45 キジの住処
「ここで話すのも難じゃろう。ついて来られよ」
キジは困惑する一行に言った。不審は完全に拭いきれていないが、仮にキジが隠密の類だとしたら今頃四人の命はないだろう。そういう者たちは決して機を逃さない。それに比べればキジは隙がありすぎる。そう見せているだけという可能性もあるので油断はできないが。
リュウが警戒しながら、皆でついて行く。マナから来たとロウシュが言っただけで異変に言及したということは、関わりのある何かがあるということだろう。まだキジが何者なのかわからないが、話してみたいことはある。今は言われたとおりついて行くしかない。
来たときは気づかなかったが、沼地からさらに奥へと続く道があった。緩やかな下り坂になっているその道をキジはゆっくりと進む。道には雑草が生えており、ところどころ石も転がっている。手入れの行き届いた街中の道と比べると随分荒れていた。あまり使われていないのかもしれない。ユウリはつまずかないように足元に注意しながら歩かなければならなかった。後ろについて来ているアイリにも危ないところは注意を促した。
意外にも、ロウシュは何食わぬ顔でついてくる。あまり体力があるようには見えないのに、この悪路を難なく踏破している。本当にこちらに来るのは初めてなのだろうか。
しばらく歩いていると、先に小さな集落が見えてきた。同じ都の中とは思えない素朴な家が数軒、かたまって建っている。キジはその中の一軒の前で立ち止まった。
「ここが、まぁ我が家みたいなもんじゃ。ちと手狭ではあるが。入られよ」
先頭に立って入っていくキジの様子を注意深く見る。怪しい動きはないか。周りに共謀するような者はいないか。キジの正体がはっきりしない以上、警戒しておくに越したことはない。
リュウに続く形でユウリたちもキジの家に入った。明かりがないため、中は薄暗い。家の両側にあけられた窓から入る外光が頼りだ。壁は年季の入った土壁で、ところどころ崩れかけている。
異様な雰囲気を感じてか、アイリは再びユウリの羽織の裾を掴んでいる。実家が宿屋であるアイリにとって、こんなに古びていて暗い屋内に入るのはほとんど経験のないことだろう。
「気をつけろ」
低く囁いたのはリュウだった。目はキジを追ったまま、こちらにだけ聞こえるように言う。
「何か隠されてる気配がする」
言われてみれば奇妙な感じがする。家の中自体は外観から想像できるような、いたって質素な一間になっているのだが、それだけではない何かがあるような気がするのだ。形容するのが難しいが、強いて言うなら、まるでこの空間が倍に広がっているような奥行きが感じられる。壁に隙間があるせいでそのように思えるのだろうか。だとしても、このどこからともわからない気配は何なのか。やはりこのキジは隠密で、一行を一網打尽にするつもりだったのだろうか。そんなことを考えていると。
「さて。何のもてなしもなしにいきなりじゃが、この家の秘密を明かしておこうかの。隠しだてするとまたお嬢さんから弓を向けられかねんしのぅ」
内容に反してのんびりした口調でキジが言う。リュウは身構えたし、ユウリとロウシュはアイリを守るように内へ囲った。外から誰かが来ることも考えて、後方をロウシュが警戒する。
「一体何する気だよ、おっさん」
「まぁそう早まりなさんな。警戒する気持ちもわかるがの」
そう言うとキジはおもむろにしゃがみこみ、床に手をついたかと思うと。
「おぅい、客人だ。都のお人ではないから安心せぃ」
いきなり床に向けてしゃべりだした。不審な目で見ていると、いきなり床板が持ち上がった。一気に緊張が走った。
「なんだよ、キジ。いきなり客ってのは。ここは部外者立ち入り禁止だろう」
これまた言っている内容にしては気の抜けた口調で返事が返ってきた。そして浮きあがった床板の下からのそり、と一人の男が這い出てきた。小太りで、キジよりはだいぶ若いように見える。キジはその男に対し、
「マナから来なさったそうじゃ。例の異変に関係しておられる」
一行をそのように紹介した。実際の旅の目的は違っているが、それをこちらから明かすつもりはないので黙っている。すると男は一行を見て相好を崩した。人懐っこい顔だった。
「マナのお方でしたか。ならば我らから危害を加えることはありませんのでご安心ください。私はホウと言います。今お茶をいれましょう」
よほどこちらが警戒しているように見えたのだろう。ホウと名乗った男は精一杯の誠意を見せながら、
「お客なんだろ?キジ、あんたまたどんだけビビらせちゃってんだよ」
「わしは日課をこなしとっただけじゃ」
「またあのスーツ着てか?そりゃ驚かれるわ。あの見た目はよくないよ」
「実用性重視じゃ。仕方なかろう」
キジに小言を言うホウ。そのやりとりはどこか、以前見たリュウとジオウの掛け合いに似ていると、ユウリは心の中で思った。なぜか今になって、都にたどり着いたことを急に実感した。こんな都の外れの、古びた民家の一角で。




