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43 沼のほとりで

 アイリの不穏な話に一気に緊張が走った。昨日のことを思い出してしまったのか、アイリは今にも泣き出しそうな顔をしている。

「とりあえず出よう。詳しく話を聞くには衆目が気になる」

 ロウシュが声を低くして言う。フロントには宿を出ようとしている旅人も数組いるし、受付の従業員もいる。内容が内容だけに、誰かに聞かれるのは好ましくない。一行は揃って宿を出た。

「つったってアタシらだけになれる場所なんてあんのか?」

 これまでと同様にリュウとユウリが前を歩き、その後ろにアイリ、ロウシュは斜め後方から見守るような配置で動いている。だから今のリュウの言はロウシュに言ったわけではなく、ただのぼやきである。ユウリもそれは同感だった。まだ午前の時間だが道にはもう行き交う人が多くいる。朝食を出すような軽食屋は空いているが、店に入って話すのも不安がある。できれば人目のない空き地のようなところが見つかるのが理想だが、そんなものが都にあるとも思えない。

 一行はとりあえず、大通りを避けて路地を歩きながら適当な場所をさがした。人通りのないところもあったが、狭すぎて立ち話はしづらいのと、死角が多くてどこかに誰かが潜んでいてもわからないため却下になった。結局随分長い間歩き回り、たどり着いたのはかなり外れの方だった。

 人家もほかの建物も建っていないそこは、都の開発から取り残されたような沼地だった。乾いた部分は泥が固まってでこぼこした地盤になっていた。少し歩くところがずれると乾いていない泥地がびた、びたと音をたてた。足をとられると危険なので、その淵を注意しながら進む。

「さて、この辺まで来れば大丈夫だろ。……アイリ、大丈夫か?」

「つ、疲れた」

 足場の悪いところを歩くというのは体力を消耗するものだ。しかもここへ来るまでに急な登り坂もあったので、アイリにはきつかっただろう。その様子を見ていたロウシュはアイリの前にまわりこんだ。

「無理はよくない。この水を飲みなさい。マナの源泉から汲んだ水だ。疲れが癒される」

「ありがとう……?」

 ロウシュが懐から出したのは見慣れない形の水筒だった。外側は革のようだが、一見すると薬袋を細長くしたような形状をしており、上のかぶせを外すとそこが飲み口になっている。全体に平べったく、容量はあまり多くなさそうだ。扱い慣れないアイリは苦労してその水を飲んだ。すると目をまん丸に見開いた。

「おいしい……この水、すっごくおいしいね!」

「マナの源泉には聖なる力が宿っている。それを身体に取り入れることで、我々はその力にあやかることができるのだよ」

 アイリは素直にすごい、とはしゃいでいるが、リュウは胡乱な目でロウシュを見ている。薬を扱っている身としては話のうさんくささが気になって仕方ないのだ。

「どこで汲んだって水は水だろ。これだからアタシはこの手の人間が苦手なんだよ」

 ロウシュには聞こえないようにぼやく。ユウリはこの二人の仲がこれ以上こじれないよう祈るしかなかった。

 沼地のほとりなので車座になるわけにもいかず、立ったままで話を聞くことになった。ここまで歩いてきたことでちょっと落ち着いたのか、アイリはゆっくりと話しはじめた。

「アタシも、お父さんの名前が聞こえてからしか聞いてなかったんだけど、その人たち、お父さんと一緒に仕事したことがあるみたいだった。二人の男の人たちで、何かを運ぶ仕事をしてたみたい。それで、その、最近この辺りで異変が続いてるね、みたいな話になって……」

 アイリはそこで少し言い淀んだ。核心の話をしようとしているのだろう、と三人は身構えた。アイリは一度不安そうにそれぞれの顔を見た。ユウリはあまり圧迫しないように気をつけて小さくうなずいてみせる。それに後押しされたように、アイリは続けた。

「一方の人がね、言ったの。あの話って本当だったんじゃないか、って。そこでまたお父さんの名前が出てきて。お父さんから聞いた話だったみたい。ええと、その……中央の人たちが昔、災いを呼ぶようなことをしてたって話で……。それが今も繰り返されてるんじゃないかって言い出して、それでもう一方の人が、その人に怒って。滅多なことを言うもんじゃない、って……」

 その後、アイリの父の二の舞云々のことを言ったようだ。ショックでそこからの会話はほとんど聞けなかったという。そのときのことを思い出してアイリはまた元気をなくしている。ユウリはアイリの肩に手を置いた。なんとか顔を上げてほしかった。

「すごいな、アイリ。こんなに細かく覚えてるなんて。まるで今その会話を聞いてるみたいにわかりやすかったよ」

「そ、そう……」

 アイリは少しだけ笑った。

「しかし今の話だと、アイリの父親は何か知ってたってことだよな?今起きている異変について」

 リュウが考えをまとめるようにつぶやく。やはり不穏な響きは拭えない。今ある情報だけで結論を出すとすればろくでもない顛末となるだろう。

 それぞれがアイリの話を聞いて考えこんでいたときだった。

「沼から離れろ!」

 低く鋭くリュウが叫ぶ。ユウリは反射的にアイリの手を引いて後方へ守った。もうこれ以上アイリを犠牲にしたくない。

 リュウはじっ、と沼の中心あたりに目を凝らしている。ユウリも同じ辺りを見た。小さな泡がぽこ、ぽこ、といくつか浮かんでは弾ける。その不気味な音を聞きながらリュウが小さく言った。

「何かいる」

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