42 アイリの能力
アイリの告白に、ユウリは困惑した。一体いつ、アイリはその話を聞いたというのだろう。少なくともユウリには、道中に行き交う人々が話している内容を聞き取る余裕などなかった。もちろん近くを通る人が何か話しているのが聞こえてくることはあった。しかしそれが何についての話なのか理解するためには、かなり集中して耳をそばだてなければならない。一行が一ヶ所に留まっていたのは、荷物を確認したときと夕食のときくらいだ。そのときに聞いたという話なら、ユウリも聞いていると思うのだが。
アイリは顔を拭いて少し落ち着いたようだ。だがまだこのまま眠れる様子はない。ユウリは軽く話を聞くことにした。
「アイリのお父さんって、どんな人だったんだ?」
「どんな人……うーん、優しい人、かな。お父さん、お客さんからも好かれてたし。忙しくても、困ってる人がいると放っとけないんだよね。助かったよって言われるのが好きだったみたい」
アイリの口ぶりから、そんな父を心から慕っていたことがわかる。家族で営む宿屋であるし、いつも忙しくしていたはずだ。構ってもらえることも少なかっただろうが、アイリは父のことを今でも誇りに思っているのだ。
気になることはいろいろあったが、アイリが落ち着いている間にもう一度寝かせることにした。まだ夜中なので、ふいに起きてはしまったがアイリもまだ眠いはずだ。実際目の腫れがひいてくると瞼がとろりと落ちてくる。リュウを起こさないように寝台に戻ると、やがてアイリは静かに寝息をたて始めた。
翌朝。アイリは存外元気そうだったのでユウリは一安心した。リュウも起き出し、三人で軽い朝食をとる。昨日のうちに買っておいたパンで、豆やドライフルーツが練りこんであるのでこれだけで食べることができる。
身支度を整えている間に、ユウリはリュウに聞こえないよう声を低くしてアイリに問う。
「昨夜のこと、他の二人に話してもいいか?」
「えっ?うーん……」
アイリが寝た後、もう一度道中のことを思い返してみたのだが、やはりアイリが言うような会話は思いあたらなかった。もちろんアイリにとっては肉親のことだから、たまたま耳が拾ってしまったということもあり得る。問題は、そのせいでアイリが泣いていたということだ。まだ詳しい話は聞いていない。おそらく二人に話せば詳細を訊かれるだろうし、アイリには辛い思いをさせるかもしれない。だがこれはそもそもアイリの目的に直接関わることだ。アイリは昨夜のように迷い、最後にはコクリとうなずいた。
身支度が整い、三人は揃って宿のフロントへ出た。ロウシュは既にそこで三人を待っていた。おそらく朝食はとっていないので、その分早く出られたのだろう。ロウシュの行動原理はいまだに謎が多いが、そこを突き詰めてもいいことはなさそうなので放っておいている。
「ちょっと二人にも聞いてほしいことがあるんだ。アイリのことで」
宿の退出の手続きが終わったところでユウリが切り出した。アイリは少し緊張した面持ちだ。ユウリはアイリが父親の話を聞いたことを二人に話す。
「アイリの父親殿の名前は?」
話を聞いて、考え顔のロウシュが問う。アイリは硬い声で応える。
「……アスナ」
「ふむ。ずっとアイリの後方にいたが、その名には聞き覚えがないな」
「アンタもあんま使えるタマじゃねぇな」
「……何か言ったか」
「別に」
ロウシュを揶揄しつつも、リュウも真剣に考えている。しかしやはり思い当たることはなかったようだ。するとロウシュは。
「もしかすると、アイリには過聴力の能力があるのかもしれない」
「カチョウリョク??」
聞き慣れない言葉を使うので、リュウとユウリは同時に聞き返した。ロウシュは至って真面目な様子で解説する。
「私もそれほど多くの症例を知るわけではないが、たまにそういう者がいるのだ。常人の域を超えて声や音を聞き取ってしまう。絶対に聞こえないだろう場所で話していた内容をなぜか知っている。まぁ、大概そういうものはいい話ではないから、本人はひどく悩む」
言われてみれば、アイリにはそう考えれば納得できるところがままあるのだった。そもそもこうして家を飛び出したきっかけも、「聞いた」のではなく「聞こえてしまった」のではないか。
「生まれつきということもあるが、アイリの場合は環境から後天的にその能力を身につけたとも考えられる。実家である宿屋で客の話を聞いていたのだろう?」
「……うん」
意外な話になって、アイリは困惑しているようだった。だが自分でも身に覚えがあるようで、とくに反論はしない。話を聞いていてやきもきしていたらしいリュウが尋ねる。
「それで肝心の、そいつらが話してたことってのは何だったんだ?」
アイリの顔が一段と強ばる。だがそれを聞かなければ先に進まない。アイリは重い口を開いた。
「最近の、異変のことを言ってた。それで、片っぽの人が、……深追いはやめろ、アスナの二の舞になりたいのか、って……」
「なんだって?」
三者三様に眉を顰めて顔を見合わせた。




